第3話 天空の塔へ
高い山に登って周囲を見渡せば、地上の大概の場所から天空の塔は見える。それは天の遥か高見へと登る銀色の塔だ。
それが創られた当時はこう呼ばれていた。
『軌道エレベータ』と。
その先端は五万キロメートル高空にまで達する。そこは地上と宇宙を結ぶ橋の一方の端であり、また宇宙に下ろされた錘でもある。最先端には展望台が設けられ、宇宙と地上を同時に見下ろすことができると言われている。
その中を走るエレベータは当の昔に停止しており、今ではそれを修復できる者はいない。だが永久素材とまだかろうじて動いているらしい平衡自律システムが塔を直立させたままでいる。
世界で一番高い塔、あるいは宇宙の深淵深くに下ろされた蜘蛛の糸。それが天空の塔だ。
村に数頭しかいない馬を長老は俺に快く譲ってくれた。まあ俺が持ち帰った遺物に比べれば大した価値があるわけではないのだが。おかげで道が捗る。馬が手に入らなければ、天空の塔に登るどころか、旅の途中で病気で死んでいただろう。
寂れた道をいくつか辿っている内に大きな街道に出た。とは言え、人通りがあるわけではない。たまにキャラバンの連中が通りかかるだけだ。地球の人口はすでに枯れかけている。
人影を見たときは迂回をした。すでに感染から三日。俺の体の周辺には死のウイルスが散布されているはずだからだ。
ブランガ・ウイルスについては村にたった一つ残っていた知識球でまた調べておいた。
感染より三日で再感染可能となり、発病までは一週間、そして死亡までは平均二週間。空気感染し致死率は99%を越える。極めて厄介で、たった一種類の特効薬以外は一切効かない。そしてその特効薬が存在したのは五百年も前の話になる。
もしまたこれが流行れば、今度こそ人類は息の根を止められてしまう。
たった一つ良い点は人間以外の生物にはまったく感染しないこと。そういう風に設計された人工ウイルスなのだ。
走り続けるにつれ天空の塔は徐々に大きくなっていった。この地上に残った中でも最大級の遺跡なのだが、思ったよりこの塔を訪れる人間は少ない。それはどこからでも見えるから、近くで見る必要が無いからだろうと俺は思っている。それほど当たり前に周囲の景色の中にあるのがこの塔なのだ。
右手に見えていた海が森の風景に覆い隠され、その森も尽きると荒野だ。街道も寂れてところどころ草に覆われるようになる。重要な道路は前文明の作った永久素材の一種でできているが、その上に積もった土埃の上に草が生えるのは防げない。
俺は草に足を取られないように馬の速度を少し落として進んだ。
天空の塔の周囲にはちょっとした大きさの廃墟があちらこちらに無残な姿をさらしている。かっては繁栄した都市だったのだろう。まずコンクリートの建物の上に植物が侵食し、その次には上に盛り上がるように繁茂する。そしてそういう所は最後には例外なく鳥の楽園となる。
迂闊に近づくのは厳禁だ。鳥によっては子育ての時期には近づいた者を集団で攻撃する恐れがある。そういった中には戦争目的で遺伝子改造された鳥もいて、これらの場合は間違いなく命に係わることになる。
もう一日経って、ようやく天空の塔の根本に着いた。
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