第2話 盗掘村

 村に着いたときはすでに夕刻だった。夕日は地平線にかかり、今日に限ってやけに血のように赤い空を演出している。

 村は木造りの柵で囲まれている。見張り台が二つ。この柵は獣に対してのものではない。この辺りはたまに盗賊が来るのだ。

 村の外から大声をかけ、長老を呼び出した。

 痛む体を引きずりながら杖をついた長老が現れるまでそこで待った。その間も俺に近づこうとする村の子供にそれ以上近づかないように怒鳴りつける。子供は俺の剣幕に火がついたように泣きわめく。


 ようやく長老が現れたので、俺は口を開いた。

「長老。新しい遺跡を見つけた。未発見の隠し部屋だ」

 それを聞いて長老の顔がほころぶ。その意味が分かったのだ。俺は足下に置いた荷物を指さした。

 長老も元は凄腕の発掘屋だ。実を言えば俺の師匠でもある。

「だが悪いニュースが一つある。とっても悪いヤツだ。その遺跡の防御機構がまだ生きていた。酸素の無い部屋で蚊に刺された。ナノ・インセクト・マシーンだと思う」

 長老の眼が大きく開いた。

「刺されたのか。それは間違いないのか」

「間違いない。刺されたのは二時間前。まだ熱も息切れも痛みも兆候はない」

「そこから動くな。その蚊は回収したのか?」

「荷物の中の黄色の布の中に保存してある。調べてくれ」

 俺は自分の荷物からさらに後退した。

 何事かと飛び出て来た村人全員を追い払うと、長老は手伝いを一人だけ選び、荷物を回収した。しばらく経ってからその手伝いが戻って来て、俺の指から血を一滴取っていった。

 すでに夜になっていたが、俺は村の外に留まっていた。小さな火を焚いて、じっとそれに魅入る。

 俺は発掘屋を始めて以来欠かさずにつけている日記帳を取り出し、今日の日付を埋めた。朝起きたときは一日の終わりにただ一行だけ成果無しと書くつもりだったのに、今やそこには多くのことを書く羽目になってしまった。

 幸運の後の不運。希望の後の絶望。神とは何と残酷なものなのか。


 そろそろ深夜にもなろうかと言う頃合いになってやっと長老が出てきて、俺を手招きした。

「ザジや。こっちにおいで」

 ザジとは俺の名前だ。

「シロか?」俺は希望を込めて訊ねた。

 皺だらけの長老の額にさらに皺が寄った。

「残念ながらクロだ。お前は今、ブランガ・ウイルスに感染している」

 覚悟はしていたがそれでも衝撃だった。俺の膝から力が抜ける。


 ブランガ・ウイルスは極めて感染力が高い致命的なウイルスだ。扱いを間違えれば村どころか王国ですら容易く滅ぼすと言われている。前文明崩壊に一役かった生物兵器の一つでもある。

 あの隠し部屋の持ち主は、侵入者を所属する集団ごと滅ぼすつもりだったのだ。


「長老。それ以上近づくな」

 俺はかろうじてそれだけ言った。

「構わんよ。ブランガは感染から再感染能力が働くまで二日ある。それまではお前さんの血でも飲まない限りは感染はせん」

 長老は俺の手を取ると、村の中の自宅へと導いた。


 長老の家はレア遺物が多く置かれている。どれも盗掘を生業とする村には必須のアイテムばかりだ。

 テーブルの上には村に一つだけある永久灯がついている。実際にはたった千年間光るだけだから、後五百年で耐用年数は尽きる代物だ。

 テーブルの上にはこれもレア物の自動顕微鏡が置かれ、その横の空中に浮かぶ干渉スクリーンに拡大映像が投影されている。

 そこにはあの潰れた蚊が大きく映っている。こうして見ると、それは生物などではなく、硬化樹脂と微小金属パーツで組み上げられたロボットだ。人体が放つ赤外線を探知し、自らが持ち運ぶ微小カブセルの内容を相手に注入する。自我すら持たない自動殺戮機械。モノは小さいが、致命的であることは変わらない。

「お前にこう言わねばならないのは辛いのだが。ザジよ。明日の夜までには村を出て行って欲しい。ブランガは空気感染する。つまりお前さんがここに残れば三日後には村人全員が死のウイルスに感染することになる」

 俺は頷いた。遺跡の罠にかかって滅んだ村や街はごまんとあるのだ。発掘屋になったときにこの覚悟はできている。

「長老。念のために確認するがブランガ・ウイルスの対抗薬は存在しなかったよな」

「昔はあった。だが今は儂の知る限りは帝都にすら無い」

 長老の言葉は明確だ。そして今までに間違いを言ったことはない。


 では決まりだ。となると今やるべきはたくさんある。

 まずは身近な人々に別れを告げることだ。



 結婚の予定は無かったが同棲をしていた女に別れを告げた。ひどく泣かれたがそれも今夜だけの話だろう。じきにまた良い人を見つけるだろう。なにぶん彼女は器量良しだ。

 ブランガ・ウイルスの保菌者となった以上は残念ながらここで抱くわけにはいかないし、口づけも厳禁だ。それぐらいではうつらないはずだが危険は冒せない。

 念のためにあの手伝いの者が俺の見張りについていたので、やりたくても出来ないのも本当だが。

 続いて長老が俺をすぐに追い出さなかった理由に取り掛かる。例の遺跡の場所を地図に描き上げる。今やこの一枚の地図は千金の価値がある。あの倉庫の中にはまだまだたくさんの遺物があるのだ。このまま忘れ去るにはあまりにも惜しい。あの財宝のお陰で百年後にはこの村は大きな都市に成長することだろう。

 それから俺は必要な道具を揃え始めた。次の日は朝から、村の中の色々なものを徴発させて貰った。支払いは俺が見つけた財宝から行われるので、事実上無制限だ。

 あの遺跡にも行き、表示されたリストの中から必要そうなものを選ぶ。物資を集めているとまた首筋をチクリとやられた。だが今さら余分に刺されたところで何ほどのことでもない。

 俺は機械蚊が出て来たスリットを見つけると、樹脂でそこを固めた。これで後から来る第二陣の連中は少しは楽ができるだろう。


 夕方になると俺はそれらを総て背負って村の入口に立った。

 二度と住み慣れたこの村を見ることはないのだ。その寂寥感が俺の胸を打った。


「ザジ。これからどうするんだ?」

 幼馴染のマルクが俺に訊いた。念のため俺とはかなりの距離を取っている。

「天空の塔に行く」俺は答えた。別に隠す必要はない。

「塔だって!」マルクが俺の言葉を繰り返す。

「前から登ってみたかったんだ」

「無茶だ」そう言ってからマルクは言葉尻を濁した。「そうか。そういうことか」

「ああ、俺の命は後わずか。ならばあれに登って死ぬ。今さら無茶も何もないからな」

 俺は背中のリュックを叩いた。

「じゃあな。みんな。達者でな」

 村から徴発した馬の背に跨った。今の時代の馬は過去の馬とはちがう。高度な技術で遺伝子改造されているのだ。従順でタフでしかも丈夫で賢い。おまけに暗視能力まである。こいつに任せておけば闇夜の中でも過たず進むことができる。


 こうして俺は村を後にした。

 一人になってから己の運命を呪って秘かに泣いたのは秘密だ。誰にも俺を情けないなどとは言わせないぞ。

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