SF:世界で一番高い塔

のいげる

第1話 遺跡

 その日の遺跡探検には予感があった。

 遺跡探検とは一言で言えば木の根が蔓延った洞窟をさ迷うことだ。

 この洞窟は元は大きな地下軍事基地であった。それがほぼ五百年前のことになる。文明崩壊とともに基地は最初は忘れ去られ、そして二百年前の遺跡発掘ブームで再度注目された。大勢の発掘屋がここを訪れ、様々な古い遺物を手に入れて金持ちになり、最後にはすべてを掘り尽くした。

 十の歳からかれこれ二十年間、俺はたまにここを訪れてごく稀に見つかる遺物を探した。当然残された遺物は減っていき、最後はただ何もない洞窟をさ迷うだけとなった。最初は皆が無視していたスクラップでさえも、最後は目の色を変えて漁ることになった。

 その間も俺の村は段々と寂れて行った。

 それは俺の村だけではなく、各地に点在する人間の集落も同じだった。新しい文明の再興もできず、旧文明の遺跡を漁るだけの人類に未来は無かった。


 もう何度も漁った洞窟を、それでも先人が見逃した何かがないかと往復する。俺が歩いているのは元は基地の主廊下であり、基地全体をつなぐ巡回路のハブの中心だ。地上から伸びて来た木の根が破れた天井から侵入し、辺りを埋め尽くしている。基地自体はスーパーコンクリートで作られているが、木の根は酸を出してそれを容赦なく浸食していく。

 俺は松明を手にそこを歩いていた。

 分岐点を五つ数えた所で、俺はふと思ったんだ。どうしてこの五つ目の分岐点だけ、前の分岐点との間隔が長いのだろうかと。

 どこからその考えが出たのかは分からないが、一度そう思い始めるともう駄目だった。その考えは俺に取り憑いたんだ。

 どうせそれ以上探しても掘り尽くされた遺跡にお宝なんかありゃしない。だから最近では俺以外の発掘屋は誰もここには潜らない。時間の無駄だからだ。

 紐を持って戻り、分岐点の間隔を正確に測る。どうみても、四番目の分岐点と五番目の分岐点との間に、もう一つ分岐点が無ければおかしい。


 この辺りと当たりをつけた場所を慎重にまさぐって見た。壁を這う木の根を叩き切り、積もった土砂を掘り進む。目を瞑ってから、歳月に浸食された壁に手を這わせてみる。一部感触が違う。ここだけスーパーコンクリートではなく、微かに冷たく感じる金属でできている。

 細い筋を見つけたときには跳びあがらんばかりに興奮した。隠し扉だ。なるほど暗い洞窟の中でこれは見つからない。敏感な指先で触って初めて分かるものだ。

 もちろん扉は開かない。手がかりもないので強引に開けることもできない。

 だが俺は経験を積んだ発掘屋だ。扉の右側を探りもう一つの小さな隠しパネルを見つけた。これもうまく偽装していて、ぱっと見には分からない。

 パネルを強く押す。遺跡が生きていた場合はこれで操作パネルが発光する。こいつは死んでいるので何も起きない。

 俺は装備の中から虎の子のネオ・テルミット爆薬を取り出した。もの凄く高いのでおいそれとは使えない代物だ。これは前文明の遺物ではなく、火薬村と呼ばれているところで作られているものだ。俺たちの今の文明レベルではこれを作るぐらいがせいぜいだ。

 これは単純な爆弾ではなく指向性を持たせたものだ。発火するとジェット噴流が主軸に沿って噴出するようになっている。

 操作パネルの上に爆薬を張り付け、十分に離れてから起爆する。

 静かなしゅっと言う音がして、続いてパンと弾ける音がした。


 今の一瞬で二か月分の食料が買える金額が煙になった。これで扉が開かなかったら俺は泣くぞ。


 操作パネルがあった場所には煙を上げる穴が開いていた。その中に細い鉤棒を突っ込み、中から配線を引き出す。

 どんなに複雑な電子暗号鍵も、結局最後は扉を動かす電動モータへの給電ケーブルへと収束する。つまり鍵の最後の段階ではこの給電ケーブルに電流を流して扉を開くのだ。

 引き出した配線の中で一番太いものを二本引き出す。赤と黒は何千年も前から変わらずに使われているケーブルの色だ。俺は携帯バッテリを配線につないだ。

 それから一気に電流をかけた。

 小型モータには暗号を入れないと動かないものが多いが、どういうわけか大型モータにはそんなものはついていない。隠し扉が一瞬震えると、恐ろしくゆっくりと開き始めた。動きにつれてきしみ音がする。この扉が遺跡と同じ古さなら、五百歳なのだから当然と言えば当然だ。


 ちらりと扉の内側が見えた。壁は赤と黄色のダンダラ模様。

 死の予感に背筋が凍りついた。

 息を止め、震える手で装備の中から簡易酸素マスクを取り出して顔に嵌める。

 開いた扉の隙間から風が吹き出した。それは止まることなく吹き出し続ける。

 手首のチェッカーを覗く。表示は窒素濃度99%。やはりだ。この風を一口でも吸い込んだら、昏倒してそのまま窒息する。

 赤と黄色のダンダラ模様は窒素充填区画を示す。部屋の中に窒素を充填して封鎖してあるということだ。酸素が無ければ内部の装備の劣化は最低限度まで抑えられるし、生物の侵入も防げる。ということはこの分岐点の先にあるのは極めて厳重に保存され、そして今まで誰も発掘していないお宝ということになる。

 俺は内心で小躍りした。発掘屋なら誰でも、死ぬ前に一度は出会いたいと夢見る状況だ。

 俺はもう一度簡易酸素マスクを確かめると、部屋の中に足を踏み入れた。


 外とは違って、この通路には木の根も塵もない。まるで昨日作られたばかりのようにどこもかしこもピカピカだ。俺が足を踏み入れると、弱弱しいが壁面発光が始まった。驚いたことにここの電子回路は五百年の歳月を越えてまだ生きている。

 通路の先には巨大な倉庫が三つ待ち構えていた。各種の器材を詰めた箱が天井までぎっちりと詰まっている。樹脂に封入された電子素材、金属部品、各種素材に、高磁場停止装置内に保存された薬品類。まさに宝の山だ。なるほどここの持ち主が厳重に封印して隠しただけはある。

 これはもしかしたら帝都すら丸ごと買える規模のお宝じゃないか。そう思うと今になって興奮に足が震えてきた。

 ここの壁に設えられているパネルを操作すると備蓄部品のリストが出た。表示は前文明文字だ。発掘屋なら誰でもこれを読めるのが普通だ。

 そこに並ぶ内容に俺は目を剥いた。どれ一つ取っても一財産だ。これほどのジャックポットは二百四十年前のザンドール峡谷遺跡の備蓄所発見以来であることは間違いない。あのときは帝国中が大騒ぎになったと聞いている。

 光量子コンピュータのクリスタルコアに帝都アカデミーの連中がいったい幾らの懸賞金を懸けていると思う? それはもう凄いものだ。

 取り合えず目ぼしい物を適当に選んで折り畳みリュックに詰め込んだ。これだけでも俺は大金持ちになれるだろう。


 帰ろうとして荷物を背負いあげると、首筋がちくりとした。反射的に手で叩くと手の平の中で一匹の蚊が潰れていた。

 悪態をつきながら歩みを進めようとして、その場に凍り付いた。背中を嫌な冷たいものが滑り落ちる。

 チェッカーの表示を再度見る。窒素濃度98%。扉を開けたことで封入窒素と外気が混ざりさっきよりはやや濃度が落ちている。それでも差し引き酸素濃度はわずかに2%。

 これは簡易酸素マスクを取れば、その場で昏倒して死ぬ濃度。間違っても蚊が生きていける酸素濃度ではない。

 バッグから取り出した袋の中に手のひらの蚊の残骸を入れる。

 それから絶望の気分を抱えたまま俺は村への帰路についた。

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