青春の始まりはB♭の音だった。

@windblass

始まりの音

『トランペットを、吹いてみたいです』


気付けば、この音が口から零れていた。



「ねえ、ほんとに私も行くの?」

「えー!着いてきてよ!」

誰もいない教室に私たちの声が響く。


私立神楽学園。福岡県の沿岸部に位置する、私立高校だ。白い壁と赤い屋根の校舎が特徴的な進学校で、多くの生徒が在籍している。


私、北川晴(はる)は、この春神楽学園の1年生になった。

今は親友の白木望(のぞみ)に、吹奏楽部の体験に行かないかと誘われている。


神楽学園は進学校であり、部活動にとても力を注いでる学校では無い。吹奏楽ももれなく、万年県大会止まりの普通のレベルだった。


(どうしてわざわざ吹奏楽なんて…)

私は別に部活をやりたい訳では無いのに。心ではそう思っていても、親友の誘いを断りきれない自分が憎たらしかった。



「こんにちはー!神楽学園吹奏楽部でーす!」


音楽室前では、楽器を持った先輩たちが必死に勧誘を行っていた。


「あの、体験希望なんですけど…」

望が先輩に声をかける。

「え?!体験?!やったー!」

間延びした甲高い声が耳を貫く。帰りたい。


「晴は体験しないわけー?」

椅子に座った望が声をかけてくる。

「うん、私はいいかな」

「けち!やろうよ!」

「なかなか楽器吹く機会も無いし、やってみない?」と先輩に声をかけられた。

やって帰るか…と渋々納得し、望の横に座る。


「やってみたい楽器は?」

「うーん、なんかカッコイイのがいいです」

なかなか楽器なんて吹けないだろうし、どうせならやってみようと思った。

「カッコイイのって笑 てきとー!」

「お、じゃあトランペットとかどうかな?」

何も分からない。なに、トランペットって。

「先輩のおすすめを吹きます」

何も分からないまま楽器を持たされる。


マウスピースという部品を口につけ、息の入れ方を教わる。窓から差し込む日光に照らされるトランペットは、きらきら輝いていた。

先輩から教わったとおりに、口に力を込め息を吹き出す。


不安な気持ちとは裏腹に、トランペットからは綺麗なB♭の音がした。


「晴じょうず!!すごいよ!!」

遠くから望の興奮する声が聞こえる。

本当はすぐ右隣で騒いでいるのだろうが、私はそんな事など気にならなかった。


音を出した途端、私に向かって風が吹いた。

心臓の音がうるさい。

(なに…この感覚…)

全身の血が騒ぎ、私に『この楽器をやれ』と全身で伝えてくる。

自分の思いのままに、もう一度息を吹き出す。

澄んだ水のような音は、窓を越えて空へと飛んでいく。


「私、トランペットを吹いてみたいです」

私の音に塗れた3年間が始まる声だ。

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