番外編 平安姫、牢屋へ行く①



 ルイス皇太子殿下と悪役令嬢に転生した平安時代のお姫様のイザベルが結婚する少し前の頃、月に一度だけ行くことが許されているリリアンヌのいる牢獄へとイザベルがやってきた。



「りりあんぬ、会いに来たぞ!」

「……何その大荷物」


 リリアンヌは、牢獄へと来るには不釣り合いなたくさんの荷物を指差した。


「一週間ほど泊まろうかと思っての」

「はぁ!?」


 (イザベルがこっちの常識が通じないのは知ってたけど、まさかそんなことをする?

 絶対、皇太子が慌てるやつじゃん。おもしろっっ!!)


 リリアンヌは大荷物を持ち、牢の鍵を開けたイザベルを牢の中へと迎え入れた。



 牢の中とは言っても、ドアと窓が鉄格子になっているだけで普通の部屋である。というか、イザベルがそうした。


 初めてリリアンヌの牢へと来た時、イザベルは「るいすめ、これの何処が過ごしやすいのじゃ。馬鹿げたことをぬかしおって!!」と烈火のごとく激怒し、自らのベッドや絨毯、テーブルなどを持ち込み、私財を費やしてドアと窓以外の鉄格子の箇所を壁にし、隣の牢との壁を壊して部屋の拡張をさせたのだ。

 勿論、その時にトイレを綺麗なものに変えて、お風呂も設置した。


 当然ながら、全てにおいて誰の許可も取らずにイザベルの独断で決行したのだが、何処からもおとがめなしのまま現在まできている。


 因みにルイスも決して嘘は言っておらず、牢の中では暖かく、過ごしやすいようにと独房にしてくれていたのだが、その気遣いは全くイザベルには響かなかっただけなのだ。



「イザベルのお陰で快適になったわけだし、好きなだけいていいよ。ゼンが来るかもだけど、そこは気にしないで」

「おや、ぜん殿は毎日来られるのか?」

「来なくていいって言ってるのに、あいつだけは来るのよ。他の奴等は一度も来てないけどね」


 ふんっと鼻を鳴らしながらリリアンヌは言うが、その耳が赤いことをイザベルは見逃さなかった。


 (ふむ。無事に進展しておるの。ここは口出しせずに見守るのが良いか……)


「まぁ、本性を表して一人でも残ったのじゃ。御の字であろう」

「あんた、結構言うわよね」



 その後、イザベルの持ってきたお土産のケーキを二人で食べる。お茶は何故か客で公爵令嬢であるイザベルがいつも淹れるのだが、そのことを疑問に思うものはいない。


「それで、何で急に泊まりに来たわけ? いつも日帰りだったじゃん」

「われ、気付いての。月に一度だけとは言われておったが、宿泊不可なんて言われてないとな。婚儀が終われば、それこそ泊まりに来るのは難しゅうなるかもしれん。

 われも 青春というものをしてみたくての」

「青春が牢屋ってどうなのよ」

「われの友は、りりあんぬだけじゃ。哀れに思うなら、一緒に外に出てくれぬか? われは何時でもりりあんぬが出られるように、わざとかわやの時に鍵を出しておったんじゃが」


「……厠って何?」

「といれじゃ」


 リリアンヌは「へぇ……」と返事をしながらも、ケーキからイザベルに視線を合わせた。


「何? イザベルは私に脱獄して欲しいわけ?」


 リリアンヌの言葉が静かな部屋の中に響く。


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