第10話 平安姫、夢見心地になる

 唇と唇が一瞬だけ触れ合うような可愛らしいそれに、イザベルは顔を真っ赤に染めた。そして、すぐに青ざめるという芸当を繰り返す。


 (接吻をしてしもうた。これがときめきというものか……。あぁ、じゃが夫婦めおとの儀も挙げてないというのに、破廉恥じゃ。身籠ってしもうたらどうすればいいんじゃ……)


 今世でのイザベルの記憶では性交をしなければ身籠るはずもないことをきちんと理解しているのに、イザベルはパニックになると平安姫の乙女思考一択になってしまいそのことに気が付けなくなる。


「私の可愛いイザベルは何を考えているのかな?」

「わっわわわ私のじゃと!?」

「そうだ。私の可愛い許嫁のイザベル。直ぐにでも結婚しような?」


 花がほころぶようにイザベルは笑う。



 そこからはキスとプロポーズのおかげで平安乙女のイザベルは夢見心地だった。


 どのくらい夢見心地だったかというと、舞踏会に到着して様々な視線にさらされても、自己評価が非常に低いイザベルがほとんど気にならなかった程には浮かれていた。



 大勢の人がルイスが誰を連れているのか……と探り、ルイスが仕込んでいた通りにイザベルだと判明させ、噂が噂を呼び、その噂すらも舞踏会に紛れ込ませている配下によって管理させる。


 そして、イザベルを階段から突き落としたのが、『キミ☆コイ』ヒロインのリリアンヌ、つい最近までルイスがイザベルの変わりに婚約者として据えようとしていた人物であるという噂が流れ出す。


 その噂は瞬く間に真実のように囁かれていく。


 最終的には、『心を入れ替えたイザベル公爵令嬢に優しく接するようになったルイス皇太子殿下。そのことに対して不満を持ったリリアンヌが、嫉妬の末にイザベルを階段から突き落とした』という内容で噂は落ち着いた。


 面白い噂が大好きな貴族達は、この短時間で完成した噂をあたかも真実のように話し、リリアンヌへの視線は冷たくなっていく。


 イザベルの見た目と雰囲気、話しかけた際にルイス皇太子殿下の一歩後ろから遠慮がちに話す姿に嘘だなんて疑いもせずにイザベルが変わったのだと信じる者。逆らうと後が怖いと口を閉じる者。面白ければ何でも良い者。


 今までは世間がリリアンヌの味方をしていたが、自分達より低い身分のリリアンヌがルイス皇太子殿下を射止めたなんて面白くないと思っていた高位貴族はこぞってリリアンヌを悪く言い始める。


 リリアンヌに優しいのは、リリアンヌの取り巻きのみだった。



 そんな状況に立たされた被害者であるリリアンヌは、今もまだルイスのことを信じていた。

 自分との別れを切り出したのも、私をイザベル様から守るため……と信じて疑ってもいないのだ。


 だから、リリアンヌはルイスの元へと向かった。それが、これから自身に起きる悲劇の始まりだとも知らずに。



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