第5話 平安姫、キャパオーバーになる


 ルイスが確信を持っている間もイザベルは泣き続けていた。


「そもそも、われはこんなにも我慢がきかぬ性分ではないのじゃ。それなのに、この面妖な体ときたら全くわれの言うことをきかぬではないか」


 ルイスはそんな彼女を眺めていれば、今までは面倒で少しでも早く婚約を破棄したくて堪らなかったのが嘘のように可愛らしく見えてきた。


「ほら、そんなに泣かないで。大丈夫だから。イザベルは可愛いよ」


 抱きしめて、小さな子供に言い聞かせるように努めて優しく言う。呼び捨てをしたことも可愛いなんて言ったことも一度もなかったが、今のイザベルには自然と言うことができた。


 (こういうのを庇護欲って言うんだろうか。こんなイザベル嬢なら思わず何でも言うことを聞いてしまいそうだ)


 初めての感覚に戸惑っているルイスだが、それ以上にイザベルは動揺していた。


 (わっ……われは今、殿方に抱き締められておるのか。なっ何と破廉恥ハレンチなのじゃ。

 肌と肌が触れうてるではないか。そんなことをしては、身籠ってしまうかもしれないのだぞ)


 平安のお姫様優位の記憶になっているイザベルは、そんなことで妊娠する訳がないこと、今まで散々ダンスを踊ることで体が触れあっていたことなど、記憶の彼方に放り投げていた。


「みっ……みみみみみみみ」

「ん? 耳がどうした?」

「身籠ったらどうしてくれるのじゃーーー!!」


 急にそう叫んだイザベルを流石のルイスも理解ができなかった。

 だが、これは好機会だと直感で感じとる。


 ルイスは短時間で今のイザベルを完璧に気に入っていたのだ。今までは自信過剰で性格がキツく苛烈極まりなかったが、今のイザベルはその逆。

 自分に自信がなく、自身に対してコンプレックスを持っている。何より、非常に面白い。


「そうしたら、きちんと責任をとって結婚しようか。ねぇ、許嫁殿」

「へっ? 結婚とな?」


 ぶわあっと顔を赤く染めるイザベルにルイスは柄にもなく胸の高鳴りを感じた。


「可愛いイザベル。そんな可愛い姿を私の他に見せてはいけないよ」


 ルイスは涙で濡れた頬に唇を落とし、満足げにもう一度抱きしめる。だが、イザベルが全くといってよい程に反応がない。


 (おっかしいなぁ。さっきまでの反応からしたら絶対に何か言うはずなんだけどな)


「あぁ、気絶したのか」


 平安乙女のイザベルには刺激が強すぎたのだ。


 ルイスはイザベルをベッドに横たえた後、暫くその様子を観察する。


 (何でこうなったのかは分からないけど、こっちの方が好都合だな。前のイザベル嬢では王妃は無理だ。それに、私も一緒にいると疲れてしまう。

 だけど、今のイザベルであれば……)


 ルイスは人の悪い笑みを浮かべた。この笑みをもしイザベルが見れば「悪人がおるぞ」と騒いでいたことだろう。


「今のイザベルなら公務なんて全て引き受けるから、ただ私の隣にいて欲しくなる」


 愛を囁いているはずのルイスの顔は依然として悪人顔のまま。彼はどうやってイザベルを完璧に自分のものにし、周りの意見を抑え込んでさっさと婚姻するのか算段を立て始めた。


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