第4話 平安姫、諦める


 それから少しの間、布団から出るか否かでの押し問答が繰り広げられたが、イザベルは頑として拒否し続けた。


 (あれができるまでは絶対に会えぬ!!)


 前世から なかなかな頑固な性格をしていたおかめ姫はルイスが諦めてくれるまで戦うつもりだった。


「じゃあ、顔を見せてとは言わないから出てこない理由だけでも教えてくれないかな? 心配だろ」


 心配なんて真っ赤な嘘だが、そう言えばイザベルも気を良くするだろうとルイスはリップサービスをする。

 だが、イザベルはなかなか答えない。けれど、布団がもぞもぞと動いているので、何かを悩んでいるのだろう。


「笑わないでくださりまするか?」

「もちろん」


 もう、言動のどこに突っ込めば良いのかルイスには分からなかったが、それでも動揺は微塵も出さずに頷いた。


 (皇太子殿下が見舞いに来て、心配じゃと言うておるのに顔を見せぬのは無礼よの。仕方あるまい)


 諦めたイザベルはおずおずと布団から顔を出した。

 相も変わらず美しい見た目であるのは変わりはないが、いつもと違って気の強さはなく どこか弱々しさすら感じられる。


 (階段から突き落とされたと聞いたし、烈火のごとく怒っているのを想像していたが、ショックが大きかったのか……)


 そう思いつつも今までのイザベルの行動を思い起こせば同情の余地すらない。

 一番最近の記憶では、お茶会でイザベルの地雷を踏んだ令嬢は顔に熱い紅茶をかけられて火傷をおっていた。幸いにも傷は残らなかったが、令嬢の心の傷は深い。



 しかし、イザベルにとって階段から落ちたことなんて どうでも良い。些末なことなのだ。

 そのことを知らないルイスは慰めなければいけないのか……と面倒な気持ちになっていた。



「われは、その不細工じゃろ?」

「はぁ!?」

「だから、われは不細工じゃと申してるのじゃ!! 慰めはいらぬ。事実じゃからの」


 そう言いながら泣いているイザベルに、今度こそルイスは困惑を隠しきれなかった。


 (イザベル嬢は一体何を言ってるんだ? 性格は苛烈極まりないが、それでもこの美貌のおかげで信者がいるほどだぞ。

 いつもスタイルを全面に押し出したドレスで誘惑しようとしてくるヤツの言うことか!?)


 だが、涙をポロポロと溢す彼女が嘘を言っているようにはとても見えない。



「貴女は本当にイザベル嬢か?」

「残念ながらの」


 馬鹿馬鹿しい質問にそう答えるイザベルは、ルイスの知っているイザベルではなかった。話し方や態度、雰囲気までもがまるで別人なのである。


 (まさか別人だなんてそんなことがあるのか? 頭を打った反動?)


 考えたところで全く答えのでないことに面倒になり、本人を試すのが一番だろうと半ばなげやりにルイスは結論付けた。



「何が残念なんだ? イザベル嬢はいつも自分こそが世界の中心にあるべき人物で、美しいとは自身のためにある言葉だと言っていたではないか」

「やめてたもぉぉぉー。われは何という醜聞を撒き散らしておったのじゃ。あぁ、いとをかし。皆がわれをみて笑っていたに違いあるまい」


 ところどころ聞き慣れない言葉が入り理解できない部分はあったが、ルイスはイザベルが別人のようになったのだと確信した。

 プライドばかりが高い彼女がこんな意味不明な言葉を喚くなんて通常ではあり得ない。何よりも自分を卑下するなんてことはあり得ないからだ。


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