第3話 平安姫、籠る


 一方その頃、イザベルからの苦情が来ないことに皇太子であるルイスは首を傾げていた。


「レントン、イザベル嬢から連絡はあったか?」

「いえ、ございません。珍しいこともあるのですね」

「珍しいどころじゃないぞ。天変地異の前触れではないだろうな」


 いくらなんでも言い過ぎだと言えない辺りが悪役令嬢イザベルだ。なので、レントンは無言で肯定の意を示した。


「行ってみようかな……」

「それが手かもしれませんよ」

「あの短絡なイザベル嬢がねぇ……。まぁ、会ってみれば分かるだろう」


 そう言いながらルイスはマッカート公爵家へ早馬で訪問の連絡を入れさせた。


 (さて、私の困った許嫁殿は今度は何を考えているのだか……)



 マッカート公爵家についたルイスは公爵と夫人への挨拶もそこそこにイザベルの元へと向かった。

 早馬を飛ばした時点で公爵家についたらどうせいつものようにイザベルに捕まって、公爵に挨拶すらできないのだと踏んでいたルイスは少し動揺していた。


 (まさか、怪我が酷いのか?いや、それなら公爵と夫人があのように落ち着いているわけもあるまい。

 それに何だか知らないが、公爵家の雰囲気もいつもより明るいような……)


 ルイスはイザベルのことではいつも頭を悩ませてきたが、こういう意味で頭を悩ませるのは始めてのことだった。



 いくら許嫁といえど、いつもは応接間で会う二人ではあるが、今日は何とイザベルが応接間に行くのを拒否。ルイスに会いたくないとまで言い出す始末。


 (地の果てまでも追いかけてきそうなイザベルが会いたくないだと? 本当に天変地異の前触れか?)


 顔を見ないと安心ができないからどうしても会いたいと侍女に伝えて貰えば、顔は見せられないが部屋で話はできると言われた。


 それが罠なのか、はたまた違うのか……。ルイスには判断ができないが、自然と口角が上がるのを感じる。


 今までルイスにとってイザベルは女という武器を全面に押し出す鬱陶しいだけの存在だった。

 あの顔と公爵家の娘という地位がなければ絶対に婚約などする羽目にはならなかっただろう。

 だが今日初めてイザベルを面白いと感じている。


 珍しくワクワクとした気持ちで扉を叩けば、中から返事がした。そして部屋へと入れば、布団の中に入っていて全く姿の見えないイザベルが出迎えてくれた。



「るいす皇太子殿下、ようこそお出でくださいました。このような姿での挨拶となってしまったことを大変申し訳のう思っておりまする。美しい花々の贈り物も大変嬉しゅうございました。お心遣い、痛み入りまする」


 そう言いながら布団がもぞもぞと動いたのをみて、頭を下げたのだろうことが分かった。


「喜んでもらえてよかった。……イザベル嬢、貴女がまさかこんなに簡単に頭を下げるだなんて、本当にどこか調子が悪いんじゃないか? 少しでいいから顔を見せてはくれないだろうか」


 イザベルは生まれてこのかた、一度も頭を下げたことはなかった。彼女の言い分は何時だって『自分は悪くない』『自分を不快にさせる者が悪い』だ。


 だから、布団の中にはイザベルと声の似た別人がいると考えられたとしても、何も不思議ではない。


 ルイスだって まさか公爵家でそんなことが起こるとは思ってないが、布団の中の人物がイザベルだとは到底信じられなかった。


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