第2話 平安姫、メイドを呼ぶ



「みーあ。みーあは、おるか?」


 幸いにも今世の記憶はバッチリあるので、問題なく侍女を呼べばすぐに扉が開かれた。


「イザベル様、お呼びでしょうか」


 美しい角度で頭を下げる彼女の所作にイザベルは内心で感嘆の声をあげた。


「これを作れる者を探してくれぬか? 予備も含めて五つ程 頼みとう思っておるのだが」

「畏まりました。すぐにでも取りかからせます」


 イザベルの話し方がおかしなことにミーアは当然気がついていたが、少しのことで怒鳴り散らし、機嫌が悪い時には扇で顔を叩くのが常なイザベルに突っ込むわけもない。


 余計なことは言わない、話しかけない、求められた答えを瞬時に弾き出して答えることが求められるのだが、残念ながら今日はイザベルに言わなければならないことがあった。



「……イザベル様。皇太子殿下よりお見舞いのお花が届いております」


 つまり、皇太子は見舞いには来ないということ。これから八つ当たりのように顔を隠している扇で叩かれることは容易に想像がついた。

 しかし、当のイザベルはというと……。


「そうか。あとでその花をわれの部屋に運んでおいてくれぬか?」

「はぁ……」


 まぬけな返事をしたことで叩かれるのを覚悟したミーアだったが、イザベルが叩く気配はない。


「あの、イザベル様」

「何じゃ?」


 恐る恐る話しかけるも、その表情は全く変わらない。扇で顔半分を隠しているので分かりにくいのもあるのだろうが。


「舞踏会のドレスは如何様いかようになさいますか?」

「うむ……」


 扇で顔を隠したまま考え込むイザベルに何でご自慢の顔を隠しているのか疑問に思うもミーアは辛抱強く待った。


「肌があまり見えぬものを。春らしく桜色が良いのう……」


 これを聞いた瞬間、ミーアは確信した。イザベルが頭を打ったことでおかしくなったのだと。


 イザベルは胸を強調したデザインで、体のラインがよく分かるドレスを選ぶ。しかも、色はワインレッド一択だ。

 そして、その色を他の女性が着ようものなら容赦しない。二度と社交界に出てこれないようにしてしまうのだ。


 だから、イザベルの頭がおかしくなっていないのだとすれば、別人であるとしか考えられない。そうミーアは思った。



「それでは、至急デザイナーをお呼び致します。お時間は何時になさいますか?」

「みーあに任せる。でざいなーも多忙であろう。時間の良い時に来てもらってたも」

「畏まりました。それでは、失礼致します」


 頭を下げて部屋を出ていったミーアは、完全に扉が閉まれば飛び上がって喜んだ。

 そして、どうかこのまま元に戻らないで欲しいと心の底から願った。


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