第21/23話 道具
「それじゃあ、ラウンド10を開始しましょう。まずは、懸賞ポイント数を決めるわね」
そう言って、嬰佐は、アワード・ダイスを茶碗の中に投入した。それは、ごろんごろん、という音を立てて、転がり回り始めた。
(【2】以上【5】以下の目が出てくれれば、助かるんだがな……。その場合、おれがアクションに成功したなら、所持ポイント数が、目標ポイント数以上となる……ひいては、このギャンブルに勝利できる。さらには、もし、失敗したとしても、虎義の所持ポイント数は、目標ポイント数には達しない……精神的に、有利だ)
龍東が、そう胸内で呟いたところで、アワード・ダイスが止まった。
出目は【1】だった。嬰佐が、「懸賞ポイント数は、1SPよ」と言った。
(1SPかよ……)龍東は、顔を、やや顰めた。(これじゃあ、アクションに成功したとしても、おれの所持ポイント数は、17SP……目標ポイント数には、達しない。
……まあ、ポジティブに考えようか。もし、アクションに失敗したとしても、虎義の所持ポイント数は、13SP……おれの所持ポイント数とは、3SPの差がある。おれが有利なことは、変わらない……)
「次に、挿入者を決めるわね」
そう言うと、嬰佐は、インサーター・ダイスを茶碗に投入した。それは、ごろんごろん、という音を立てて、転がり回り始めた。
(【龍】の目が出てくれれば、助かるんだがな……。おれには、「あれ」がある……「あれ」を使えば、絶対に、コネクターの挿入に成功する)
龍東が、そう心中で呟いたところで、インサーター・ダイスが止まった。
出目は【龍】だった。嬰佐が、「臼場くんは、設置者、龍東くんは、挿入者よ」と言った。
(よし……おれが挿入者だ……!)龍東は口笛でも吹きたくなった。(これで、もう、このラウンド10、アクションに成功したも同然だ……なぜなら、おれには、「クレアヴォイアント・オクルス」があるからな……!)
クレアヴォイアント・オクルスとは、彼が右目に嵌め込んでいる義眼の名称だ。それも、ただの義眼ではない。装着している間は、人工視界を得ることができる。さらには、特殊な電磁波を照射することにより、物体を透視することができるのだ。その機能は、任意のタイミングで、有効・無効を切り替えられるようになっていた。
(おれが、クレアヴォイアント・オクルスを入手したのは、今から一年ほど前だ。その時は、ちょっとした面倒事に巻き込まれていて、その最中に、とあるエンジニアから、脅──譲ってもらった)
「それじゃあ、臼場くん、二号室に行きましょう」
そう嬰佐が言った後、彼女と虎義は、その部屋に移動した。扉は、ばたん、と閉められ、がちゃり、と施錠された。
(おれは、いつも、クレアヴォイアント・オクルスを嵌めている。生活するうえで、人工視覚は必須だし、透視機能も、かなり便利だからな……。例えば、今から一か月ほど前、ボーン・ウィッシュで、ファイヴ・ダイス・サムというギャンブルをプレイした時──あの時も、透視機能を使い、カップの内部の様子を確認することで、勝利することができた。
もちろん、今日、臼場に会うために、一匯屋駅でバスに乗った時も、おれは、クレアヴォイアント・オクルスを装着していた。その後、いろいろあって、おれと臼場は、ギャンブルで対決することになった。さらには、何の勝負を行うか、については、おれが決定していい、ということになった。
あの時、おれは、思わず、ほくそ笑みそうになったね……「行うギャンブルの内容は、できれば、クレアヴォイアント・オクルスを活用することで、有利になるようなものにしたい」と考えていたからな。例えば、麻雀なら、透視機能を使うことで、相手プレイヤーの手牌を知ることができる。しかし、将棋なら、透視機能は、まったくもって意味がない……相手プレイヤーの手は、すべて、最初から開示されているからな。
その後、おれは、コア・コネクトで、何のギャンブルを行うか、について、いろいろ考えを巡らせた。最初は、麻雀とかポーカーとかいった、既存のゲームにしようか、とも思ったが……それは、やめておいた。「実は、臼場は、そのゲームを、非常に得意としている」という可能性があるからな。だから、勝負の内容は、おれが独自に考案することにした。
それで、最終的に思いついたのが、「USBコネクター挿入競争」だった、というわけだ。このギャンブルなら、おれは、クレアヴォイアント・オクルスの透視機能を使うことで、挿入者としてのアクションを、必ず成功させられる……)
そう脳裏で呟いたところで、東壁の扉が、がちゃり、と開錠され、がちゃっ、と開けられた。そこからは、虎義が姿を現した。
「アクションが完了した。龍東、来てくれ」
その後、龍東は、二号室に移動した。アクションエリアに入り、白テーブルに向かって、すたすた、と近づいていく。
(もっとも、設置者としてのアクションについては、成功は保証されていない。だから、おれは、最初、インサーター・ダイスではない、別の手段によって、プレイヤーの役割を決定する、という手順にしていた。その時、イカサマをすることで、どちらが挿入者を務めるか、は、おれが自在に選択できる──ようになるはずだった。
しかし、その目論見は、臼場によって、阻止された。やつは、『挿入者の決定には、インサーター・ダイスを使おう』と提案してきたんだ。おれは、適当なことを言って、拒否しようとしたが……やつは、『おれの要求が受け入れられないのなら、この勝負、キャンセルしてもいい』と言ってきた。それで、けっきょく、承諾する羽目になった……)
そう胸内で呟いたところで、龍東は、白テーブルの南辺の前に到着した。
「それじゃあ、龍東くん、アクションを開始してちょうだい」そう言うと、嬰佐は、タイマーをスタートさせた。
龍東は、あらためて、電源タップに設置されているアダプターに視線を遣った。形は直方体で、色は白、大きさは、電源タップの左右の端から、ぎりぎりはみ出さない程度だ。左右の側面には、製品名らしき「LIN」というロゴが描かれていた。
(さっそく、アクションに成功するとするか……)
そう心中で呟くと、龍東は、C箱から、ケーブルを一本、取り出した。それのVTCコネクターを、スピーカーに接続する。
その後、彼は、右手でUSBコネクターを摘まみ、左手でLINアダプターの前後の側面を持った。それから、コネクターの先端を、ポートの蓋に近づけていき、それの数センチ手前あたりで、停止させた。
(よし……透視機能を作動させよう……!)
そう脳裏で呟くと、龍東は、ポートの蓋を見つめ始めた。右瞼を、五回、高速で瞬かせる。
直後、クレアヴォイアント・オクルスの透視機能が作動しだした。蓋が透け、内部が見えるようになる。視界の端では、ポートの手前に位置しているコネクターが、ついでに透けているのも、捉えられていた。
龍東は、ぎゅううっ、と右目に渾身の力を込め始めた。ポートの中を、じいいっ、と凝視する。
(内部空間の上半分には、何らかのパーツのような物が、密集しているな……だが、たぶん、これは、ポート凸部ではない。凹部だろう。おそらく、ポートの底面よりも奥に位置している、各種の部品が、透けて見えているだけだ。
内部空間の下半分は、真っ白に塗り潰された長方形、みたいな物で覆われている……きっと、これこそが、ポート凸部だろう。このLINアダプターは、ポート凸部の前面が、透視できないような素材で出来ているんだ。別に、クレアヴォイアント・オクルスの透視機能は、どんな物体に対しても有効、っていうわけではないからな……。
つまり、このポートは、裏向きになっている……!)
そう胸内で呟いた後、龍東は、右瞼を、五回、高速で瞬かせた。透視機能が終了し、視界が通常状態に戻った。
(それじゃあ、挿入するか……)
そう心中で呟くと、龍東は、右手に摘まんでいるコネクターを、くるっ、と半回転させて、裏向きにした。その後は、それの先端で、ポートの蓋を押し開け、内部へと進入させていった。
やがて、コネクターは、全体がポートに収まった。スピーカーが、ぱーぱぱー、というファンファーレを鳴らした。
「龍東くん、挿入成功ね」そう言うと、嬰佐は、タイマーをストップさせた。「本ラウンドにおけるアクションの成功者は、龍東くんよ。龍東くんには、1SPを進呈するわ。それじゃあ、みんな、一号室に戻りましょう」
その後、龍東は、その部屋に移動した。茶テーブルのディスプレイに表示されている値は、「臼場 所持ポイント数」の下が「12」、「龍東 所持ポイント数」の下が「17」となっていた。
(18SPまで、あと、1SP……!)龍東は、にやり、と笑った。(もはや、これ以降のラウンドは、懸賞ポイント数なんて、関係ない……とにかく、一度でも、アクションに成功すれば、おれの所持ポイント数は、目標ポイント数に達する……ひいては、勝利が確定する……!)
最後に二号室から出てきたのは、嬰佐だった。彼女は、茶テーブルに近づくと、ラウンド10で使用されたアダプターとケーブルを、U箱に入れた。
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