第20/23話 継続

(よし……作戦成功だ……!)

 龍東融二が、そう胸内で呟いたところで、嬰佐が、タイマーのボタンを押し、電子音をストップさせた。

 直後、虎義は、体の、胸部あたりから上を下降させ、どしっ、と白テーブルの表面にぶつけた。その振動により、C箱が、縁を越えて、床に落ち、がしゃっ、という音を立てた。その拍子に、内部から、ケーブルが二、三本、飛び出した。それには、FMSケーブルも含まれていた。

「虎義さん!」瑠子が、そう叫んで、オーディエンスエリアを飛び出し、白テーブルに駆け寄った。「大丈夫ですか?!」

 瑠子は、虎義の両腕を、羽交い絞めの要領で掴むと、後ろに引っ張り、テーブルから離した。床の上に、仰向けに寝かせ、膝枕をする。

「ああ、たぶん、大丈夫……」彼は、けほっけほっ、と軽く咳き込んだ。「まだ、体が、あちこち、少し、痺れているが……命が、どうこう、というほどでは、なさそうだ……」

「そうですか……」瑠子は、ほーっ、と安堵の溜め息を吐いた。

「ああっ、触るな、触るなよ!」虎義は大声で喚いた。「あのアダプター、表面に、電気が流れていやがる……感電するぞ、触ると……!」

 嬰佐が、オーディエンスエリアに視線を向けてきた。「須梶くん。事務室から、ゴム手袋、持ってきてちょうだい」

「わかりました」

 そう返事をして、須梶は二号室を出ていった。嬰佐は、C箱に近づくと、飛び出したケーブルたちを戻してから、白テーブルの上に置いた。

 その後は、みな、押し黙った。そのタイミングを見計らい、龍東は、「タイムオーバーだな」と言った。「臼場は、挿入失敗。このラウンド9、アクションに成功したのは、おれだ」

 瑠子が、ばっ、と顔をオーディエンスエリアに向けてきて、きっ、と彼を睨みつけてきた。「さては、あなたの仕業ですね……! あのアダプター、あらかじめ、コンセントから得た電気が表面に流れるよう、細工していたんでしょう……!」

「何を言うかと思えば……」龍東は、ふん、と相手を小馬鹿にするように嗤った。「とんだ濡れ衣だ。あのアダプター、臼場がアクションを行う直前になって、故障でも起こしたんじゃないか? おれが電源タップに設置した時は、なんともなかったしなあ……」

「あのアダプター、調べてみましょうか?」瑠子の怒った顔は、端整さを維持しているにもかかわらず、なかなか、凄味があった。「そうしたら、故障でないことが──『誰かが細工を施し、コンセントから得た電気が表面に流れるようにしていた』ということが、はっきりするはずです」

 龍東は、ふーっ、と息を吐きながら、ゆるゆる、と首を左右に振った。「百歩譲って、そんなことが、わかったとして……改造を行ったのが、おれたちである、とは、決めつけられないだろ? ひょっとすると、あんたたちかもしれないじゃないか。いわゆる、自作自演、ってやつだ。おれに、『アダプターを改造し、臼場を攻撃した』という濡れ衣を着せて、糾弾する腹積もりなんじゃないか?

 千歩譲って、『おれたちがアダプターを改造した』ということが、わかったとして……それが、どうしたってんだ? 別に、『ギャンブルに使用される道具を改造してはならない』っていうルールがあるわけじゃないし……おれが、臼場に、直接、暴力を振るった、というわけでもないしな」

 瑠子は、悔しそうな顔をした。「う……」という、小さな唸り声を上げる。

(それにしても、作戦が成功して、本当によかった……上手い具合に、臼場に、アクションに失敗させることができた。MCAアダプターを、表面に電気が流れるように改造してくれた利根井には、感謝しないとな……)

 そう心中で呟いたところで、須梶が、二号室に戻ってきた。ゴム手袋を一組、持っている。

(おれは、コア・コネクトにいた時、この作戦を思いついた……その後、臼場から「レコスタ電商に行こう」という連絡が来る前に、利根井と、いろいろ、打ち合わせた)

 須梶は、アクションエリアに入ると、ゴム手袋を嬰佐に渡した。彼女は、それを両手に装着すると、電源タップからMCAアダプターを取り外した。

(おれは、ラウンド1が開始される前、ギャンブルに使われる道具を調べた。その時、MCAアダプターをくすねておき、その後に、利根井に渡した。彼女は、それから、売り場で、各種の物品を調達すると、四号室に行き、アダプターに細工を施した。

 利根井は、ラウンド8で、臼場が設置者としてのアクションを行っている間に、一号室に戻ってきた。そこで、おれは、彼女から、MCAアダプターを受け取った。そして、このラウンド9、設置者としてのアクションを行う時に使用した、というわけだ。

 それにしても、アダプターをコンセントに挿入する時は、さすがに、ひやりとしたよ……おれまで感電するんじゃないか、ってな。いちおう、コア・コネクトでの打ち合わせで、利根井には、「MCAアダプターがコンセントに挿入された後、少し時間が経過してから、表面に電気が流れ始めるような仕組みにしてくれ」と頼んではいたが……。

 だが、けっきょくは、その恐怖は、杞憂だった。利根井は、ちゃんと、おれが言ったとおりに、MCAアダプターを改造してくれていた)

 そう脳裏で呟いたところで、虎義が、「いてて……」とぼやきつつ、ゆっくりと上半身を起こした。その後は、白テーブルの南辺を両手で掴み、支えにして、立ち上がった。

「虎義さん……」瑠子が、心配そうな表情をして、言った。「もう、やめましょう? このギャンブル、リタイアしましょう。こんな目に遭ってまで、やる必要なんて、ありませんよ……」

「いや、いや、いや」虎義は、ぶんぶんぶん、と首を激しく横に振った。「続行する……ギャンブル、続行だ……!」

「わたしは、反対です!」瑠子が大声を上げた。「スタンダード・ハンドレッドは、諦めても──」

「関係ない……!」虎義は、声を絞り出すようにして、言った。「もはや、スタンダード・ハンドレッドなんて、関係ないんだ……」きっ、と龍東を睨みつけてきた。「ギャンブルに、勝利してやる……やつを、敗北させてやる……!」

「おおう、怖いねえ」龍東は、大袈裟に肩を竦めてみせた。

 虎義は、その後も、龍東を睨みつけてき続けた。そして、数秒後、嬰佐に視線を遣ると、「嬰佐さん、そういうわけです、ギャンブルを続行してください」と言った。「ラウンド9の、おれのアクションは……失敗でかまいませんので」

「わ……わかったわ」

 そう言って、嬰佐は、こくり、と首肯した。彼女は、険しい顔をしていた。いくら、スタンダード・ハンドレッドが懸かっているとはいえ、龍東の容赦のなさに、困惑しているのかもしれない。

「本ラウンドにおけるアクションの成功者は、龍東くんよ。龍東くんには、1SPを進呈するわ。それじゃあ、みんな、一号室に戻りましょう」

 その後、龍東は、その部屋に移動した。茶テーブルのディスプレイに表示されている値は、「臼場 所持ポイント数」の下が「12」、「龍東 所持ポイント数」の下が「16」となっていた。

 最後に、嬰佐が、二号室から出てくると、ばたん、と扉を閉めた。それから、茶テーブルに近づくと、ラウンド9で使用されたアダプターとケーブルを、U箱に入れた。

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