第19/23話 衝撃

「それじゃあ、ラウンド9を開始しましょう。まずは、懸賞ポイント数を決めるわね」

 そう言うと、嬰佐は、アワード・ダイスを茶碗に投入した。それは、ごろんごろん、という音を立てて、転がり回り始めた。

(頼む……【1】か【2】が出てくれ……! それが無理なら、せめて、【6】が出てくれ……!)

 虎義は、そう願い始めた。もし、周囲に誰もいなければ、手でも組んでいるところだ。

(懸賞ポイント数が2SP以下なら、このラウンド9、おれがアクションに失敗した場合でも、龍東の所持ポイント数は、まだ、目標ポイント数には到達しない……だが、3SP以上なら、おれがアクションに失敗した場合、龍東の所持ポイント数は、目標ポイント数に到達してしまう……!

 あるいは、どうせ、懸賞ポイント数が3SP以上になるんなら、せめて、6SPであってくれ……! それなら、おれがアクションに成功した場合、おれの所持ポイント数は、目標ポイント数に到達する……! 3SP以上5SP以下だと、おれがアクションに成功した場合でも、おれの所持ポイント数は、目標ポイント数に到達しない……精神的に、不利だ……!)

 そう心中で呟いたところで、アワード・ダイスが止まった。

 出目は【1】だった。嬰佐が、「懸賞ポイント数は、1SPよ」と言う。

(よし……!)虎義は小さくガッツポーズをした。

 その後、嬰佐は、インサーター・ダイスを振った。結果、虎義は挿入者、龍東は設置者となった。

 数分後、龍東がアクションを完了させた。虎義は、二号室に移動すると、アクションエリアに入り、白テーブルの南辺の前に立った。

「それじゃあ、臼場くん、アクションを開始してちょうだい」そう言うと、嬰佐は、タイマーをスタートさせた。

 虎義は、あらためて、電源タップに設置されているアダプターに視線を遣った。形は直方体で、色は白、大きさは、電源タップの左右の端から、ぎりぎりはみ出さない程度だ。左右の側面には、製品名らしき「MCA」というロゴが描かれていた。前側面には、長方形に切り取られたガムテープが貼られている。

(……ん?)

 脳裏で、そんな声を上げた。MCAアダプターの前側面に貼られているガムテープの右下隅が千切れており、そこから、三角形のような図柄がはみ出していることに気づいたからだ。

(これは、まさか……)虎義は、アダプターの左右の側面を確認した。(たぶん、そうだ……ガムテープの右下隅からはみ出ているのは、「MCA」というロゴの、「A」の右下だ)

 虎義は、MCAアダプターの後側面を確認した。そこには、ガムテープは、いっさい貼られていなかった。

(前側面には、ロゴが描かれており、後側面には、何も描かれていない……ということは、何か? 今、MCAアダプターは──すなわち、ポートは、表向きになっている、ということか?)

 しかし、本当に、その結論で、合っているのだろうか。

(これは、龍東が仕掛けた罠なんじゃないか? 例えば、もともと何も描かれていなかった前側面に、サインペンで、「MCA」のロゴにおける「A」の右下を描いた後、それが、わざと、右下隅からはみ出るようにして、ガムテープを貼ったとか……あるいは、おれたちが行った作戦と同じように、アダプターを改造して、ポートの向きを、本来とは逆にしてある、とか?)

 虎義は、タイマーに、一瞬だけ視線を遣った。それのディスプレイには、「03:59」という値が表示されていた。

(……そうだ……龍東は、この、MCAアダプターを選択した時、前側面のガムテープの右下隅が千切れて、ロゴの一部が見えてしまっている、ということに、気がつかなかったのか? 普通は、気がつくんじゃないのか? ……あるいは、やつは、気がついていながら、「臼場は、この情報を信用しないだろう」「深読みして、コネクターを、逆の向きで挿入しようとして、アクションに失敗するに違いない」と考え、あえて、このアダプターを設置したのか?)

 虎義は、その後も、考えを巡らせた。しかし、どうにも、最終的な結論が出せなかった。そのうちに、タイマーのディスプレイに表示されている値が、「01:00」を下回った。

(とりあえず、先に、ケーブルの準備をしておくか……)

 そう胸内で呟いた後、虎義は、C箱から、ケーブルを一本、取り出した。それのVTCコネクターを、スピーカーに接続する。

 その後は、右手で、USBコネクターを摘まんだ。(うーん……けっきょく、どっちの向きで、挿入すればいいのか……)そんなことを考えながら、左手で、MCAアダプターに触れた。

 ばちばちばちばちっ、という音が部屋じゅうに鳴り響いた。

(──)

 突然のショックに、驚愕することすらできなかった。全身に激痛が走り、筋肉が硬直した。顎だの腕だの脚だのが、がくがくがくがく、と痙攣した。

(──)

 一秒後、ずるっ、と右足が滑った。体が、後ろに向かって、倒れていく。左手が、アダプターから離れた。

 その途端に、さきほどまでの激痛が、完全に治まった。

(……?!)

 その頃になってようやく、虎義は、驚愕することができた。直後、彼の背中が、床にぶつかり、どしん、という衝撃を食らった。

(──)

 どうすることもできなかった。直後、彼の後頭部も、床にぶつかり、ごちん、という衝撃を食らった。

「あ、あ、あ……」

 虎義は、そんな呻き声を上げた。あちこちの筋肉が、未だに、ぴくぴく、と軽く痙攣していた。

「虎義さん?!」

 そんな瑠子の声や、だだ、という足音が聞こえてきた。

「来りゅなっ!」

 虎義は、口や喉に渾身の力を込めて、そう叫んだ。足音が、ぴたっ、とやんだ。

「来……来る、な……仲……オーディ……出……ルール違……」

 虎義は、そんな唸り声を上げながら、体を左に回転させた。オーディエンスエリアに、視線を遣る。さいわいにも、瑠子は、その中に留まっていた。

 その後、彼は、俯せになり、両手両足を床についた。それから、四つん這いになると、白テーブルの南辺に向かって、移動していった。

「ぐぐぐ……!」

 虎義は、両脚の膝から下を地面につけたまま、ぐわっ、と膝から上を起こした。同時に、両手を、ばっ、と高く上げる。

 体は、すぐさま、前に向かって倒れ始めた。彼は、両手を投げ出すと、それらを、白テーブルの上に、だんっ、とついた。

「ぐうう……!」

 虎義は、一瞬だけ、タイマーのディスプレイに視線を遣った。そこには、「00:20」という値が表示されていた。

(二十秒も、あれば、なんとか……! 要は、アダプターに、触れなければ……!)

 そう心中で呟きながら、虎義は、右手を動かすと、ケーブルのコネクターを、がしっ、と握りしめた。それを、ポートに向かって、近づけていく。

 そして、タイマーのディスプレイが、「00:04」という値を表示した頃、コネクターの先端が、アダプターの表面に当たった。

 しかし、そこは、ポートの蓋ではなかった。虎義の右肩から先が、ぶるぶるぶる、と激しく震えていたのだ。コネクターの先端は、蓋の周囲に衝突して、かちっかちっかちっ、という音を立てていた。

(クソ、クソ、クソ……!)

 虎義が、そう脳裏で喚いたところで、タイマーが、ぴりりりり、という電子音を鳴らし始めた。

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