第18/23話 細工

(ケーブルを選び始めたか……)虎義は、ごくり、と唾を飲み込んだ。(できれば、「FMSケーブル」を取ってほしいが……)

 数秒後、龍東は、C箱の中から、ケーブルを一本、取り出した。それのVTCコネクターには、製品名らしき「FMS」というロゴが描かれていた。

(やった……龍東のやつ、FMSケーブルを選んだぞ……!)虎義は右手で軽く拳を握った。

 FMSケーブルは、基本的には、他のケーブルと同じだ。片方の端には、USBコネクターが、もう片方の端には、VTCコネクターが取りつけられている。

 しかし、重要な点において、他のケーブルと違っていた。それは、「USBコネクターの内部に、細工が施されている」「USBコネクターを、アダプターのポートに挿入しても、電気が、ケーブルに流れない」という点だった。

(このギャンブルでは、たとえ、コネクターをポートに挿入できたとしても、その時点では、まだ、「挿入者としてのアクションに成功した」とは見なされない。コネクターをポートに挿入した後、そのケーブルが接続されているスピーカーがファンファーレを鳴らした時点において、初めて、「挿入者としてのアクションに成功した」と見なされるんだ。

 ところが、FMSケーブルの場合、それのコネクターをポートに挿入できたとしても、スピーカーは反応しない。さらには、挿入者がコネクターのポートへの挿入を試行できるのは一度だけ、というルールになっている。

 つまり、もし、龍東が、挿入者としてのアクションを行う時、FMSケーブルを選択したなら、やつのアクションは必ず失敗する、というわけだ……)

 虎義が、そこまで胸内で呟いたところで、龍東は、ケーブルのVTCコネクターを、スピーカーに接続した。

(FMSケーブルに細工を施したのは、おれじゃない──瑠子だ。

 最初は、おれがFMSケーブルを改造しようか、と考えた。だが、おれは、別に、電子工作が得意、というわけではない。なにより、ギャンブルに、プレイヤーとして参加するんだ。そんなことをしている時間がない。

 その点、瑠子なら、とても高い電子工作スキルを有している。それに、おれの仲間とはいえ、あくまでギャラリーだ。長時間、一・二号室にいなくても、勝負の進行には、なんら影響しない……)

 虎義が、そこまで心中で呟いたところで、龍東は、右手でコネクターを摘まみ、左手でアダプターの前後の側面を持った。

(おれは、ヴェサ・ローカルにて、この作戦を思いつき、瑠子と、打ち合わせをした。

 おれは、ラウンド1が開始される前、ギャンブルに使われる道具を調べた。その時、C箱の中から、適当なケーブルを──つまり、それこそが、FMSケーブルだったわけだが──くすねておいた。そして、調査を終えた後、そのケーブルを、瑠子に渡した。

 それから、瑠子は、一号室を出て行った。彼女の話によると、その後は、バックヤードを出て、売り場の電子工作コーナーへ行き、道具だの部品だのを入手したらしい。

 もっとも、盗んだわけではない……いくら、嬰佐さんとは親しい関係にある、とはいえ、そんなことをするわけにはいかない。由丹尾さんを見つけて、頼み込み、レジを通してもらったんだ。そして、それから、三号室に行って、そこで、ケーブルの改造を行ったそうだ。

 いくら、瑠子が、とても高い電子工作スキルを有している、とはいえ、作業には、それなりに時間がかかる。彼女が、一号室に戻ってきたのは、ラウンド7の開始直後になってしまった。

 その時、おれは、瑠子から、FMSケーブルを受け取った。そして、このラウンド8、おれは、設置者としてのアクションの最中に、それを、C箱に戻しておいた。今後、龍東が挿入者としてのアクションを行う時に、取ってくれることを期待して。だが、まさか、いきなり選んでくれるとはな……)

 虎義は、笑い声でも上げたい衝動を、必死に我慢した。彼が、脳裏で、いろいろと呟いている間に、龍東は、右手に持ったコネクターの先端を、ポートに近づけていっていた。

(よし……そのまま、挿入してしまえ……!)虎義は、ごくり、と唾を飲み込んだ。

 しかし、龍東の右手は、コネクターの先端が、蓋の数センチ手前あたりに達したところで、ぴたっ、と停止した。

(……?)

 虎義は、怪訝な表情を浮かべた。龍東は、眉間に皺を寄せ、じいっ、とポートを睨みつけていた。

(……どうかしたのか……?)

 数秒後、龍東は、再び右手を動かした。

 ただし、コネクターを、前に出したのではなく、後ろに引いた。その後、それを持ち上げると、顔の前──正確には、右目の前に移動させ、じいーっ、と見つめ始めた。

(……?)

 十数秒後、龍東は、右手を下ろした。そのまま、コネクターを、白テーブルの上に置くと、ぱっ、と右手を離した。

(……?!)

 虎義は、目をわずかに瞠った。その後、龍東は、スピーカーからVTCコネクターを外した。FMSケーブルを、C箱に戻す。

(な……?!)

 虎義は、口を半開きにした。龍東は、C箱の中を、がさごそ、と探り始めた。そして、十数秒後には、別のケーブルを一本、取り出した。

(う……!)

 虎義は、ぐっ、と奥歯を強く噛み締めた。その後、龍東は、ケーブルのVTCコネクターを、スピーカーに接続した。それから、左手でアダプターの前後の側面を持ち、右手でUSBコネクターを摘まんだ。

(まだだ……まだ、アクションの成否は、わからない……!)虎義は、気持ちを落ち着かせようとして、そう胸内で呟いた。(ポートは、表向き……もし、龍東が、コネクターを裏向きにして、挿入してくれれば、やつは、アクションに失敗する……!)

 その間に、龍東は、右手に摘まんでいるコネクターの先端を、ポートに近づけていった。蓋を押し開け、内部へと進入させていく。

 がきっ、という鈍い音が鳴って、コネクターは、それ以上は動かなくなった。

(やった……!)

「龍東くん、挿入失敗ね」そう言うと、嬰佐は、タイマーをストップさせた。「本ラウンドにおけるアクションの成功者は、臼場くんよ。臼場くんには、6SPを進呈するわ。それじゃあ、みんな、一号室に戻りましょう」

 その後、虎義は、一号室に移動した。茶テーブルのディスプレイに、視線を遣る。そこに表示されている値は、「臼場 所持ポイント数」の下が「12」、「龍東 所持ポイント数」の下が「15」となっていた。

(よし……これで、おれも、目標ポイント数に手が届くようになった……!)彼は、小さく、うんうん、と頷いた。(今後のラウンドで、懸賞ポイント数が6SPになったなら、もはや、所持ポイント数の差なんて、関係ない……そのラウンドにおけるアクションの成否で、このギャンブルの勝敗が決まる……!)

 最後に、嬰佐が、二号室から出てくると、ばたん、と扉を閉めた。それから、茶テーブルに近づくと、ラウンド8で使用されたアダプターとケーブルを、U箱に入れた。

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