第17/23話 落書
「それじゃあ、ラウンド8を開始しましょう」嬰佐が言う。「まずは、懸賞ポイント数を決めるわね」
(おれが、「レコスタ電商が、スタンダード・ハンドレッドを仕入れた」ということを知ったのは、今から三週間ほど前だ。さらには、その日のうちに、「嬰佐は、スタンダード・ハンドレッドを、臼場虎義という人物に売るつもりである」「他の客に売る気は、まったくない」ということも知った。
正直、かなり焦ったよ……「もし、店がスタンダード・ハンドレッドを仕入れたなら、その後に、何食わぬ顔をして、買いに行けばいい」とばかり考えていたからな)
嬰佐は、アワード・ダイスを手に取ると、茶碗に投入した。それは、ごろんごろん、という音を立て、転がり回り始めた。
(その後、おれは、レコスタ電商からスタンダード・ハンドレッドを入手する方法を、いろいろ考えた。利根井に頼んで、店の業務用パソコンを、クラッキングしてもらったり、探偵を雇って、臼場の身辺を調査したり、あれこれやってな。そして、最終的に、二つの作戦を立てた。
一つ目は、レコスタ電商に、こっそり侵入して、スタンダード・ハンドレッドを盗み出す、という作戦。これは、昨日の深夜、実行に移したんだが……諸事情により、上手くいかなかった。最終的には、手ぶらで撤退する羽目になった。
その後、「明後日にでも、もう一度、店に忍び込んでみようか」と考えていたら、嬰佐が、臼場に、スタンダード・ハンドレッドの件について、連絡したじゃないか。「これは不味い」「今日のうちに、スタンダード・ハンドレッドは、臼場の手に渡ってしまう」と思って、慌てて、二つ目の作戦を実行に移したんだ。臼場は、スタンダード・ハンドレッドを入手した後、とうぜん、パスワードロックを設定するだろうからな……やつの家から盗んでも、意味がない。
おれは、今から一週間ほど前、スリを雇って、臼場の財布──ひいては、臼場が大切にしているという、ドロップ・マルチのカードを盗んでおいた。で、それを持って、利根井とともに、一匯屋駅に行き、やつを待った。「臼場は、レコスタ電商に行くのに、いつもどおりの手段を使うはずだ」「一匯屋駅からバスに乗るはずだ」と予想してね。
しばらくすると、予想どおり、臼場たちが改札口から出てきて、バスに乗った。だから、おれたちも、同じ車両に乗って、彼らに接触した。そして、やつに、「ドロップ・マルチのカードを渡すから、それと引き換えに、スタンダード・ハンドレッドを譲ってくれ」と交渉した、というわけだ)
そこまで脳裏で呟いたところで、アワード・ダイスが止まった。出目は【6】だった。嬰佐が、「懸賞ポイント数は、6SPよ」と言った。
(6SPだと……!)龍東は、両目を、軽く瞠った。(もし、このラウンド8で、アクションに成功した場合、おれの所持ポイント数は、21SP──目標ポイント数を超える……ひいては、勝利を確定させられる……!)
嬰佐は、茶碗から、アワード・ダイスを取り出して、テーブルの上に置いた。「それじゃあ、次に、挿入者を決めるわね」と言うと、インサーター・ダイスを手に取り、茶碗の中に投げ込んだ。それは、ごろんごろん、という音を立てて、転がり回り始めた。
(頼む……【龍】の目が出てくれ……!)龍東は、ごくり、と唾を飲み込んだ。(おれには、「あれ」がある……「あれ」を使えば、絶対に、挿入者としてのアクションに成功することができるんだ……!)
そう胸内で呟いた直後、インサーター・ダイスが止まった。出目は【龍】だった。嬰佐が、「臼場くんは設置者、龍東くんは挿入者よ」と言った。
(やったぞ……!)龍東は、にやり、と口角を上げた。(これで、このラウンド8、勝ったも同然だ……!)
嬰佐が言う。「それじゃあ、臼場くん、二号室に行きましょう」
「それじゃあ、臼場くん、アクションを開始してちょうだい」
臼場虎義は、嬰佐が、そう言った後、タイマーをスタートさせたのを確認してから、A箱に向かって、右手を伸ばし始めた。彼は、今、二号室のアクションエリアにいて、白テーブルの南辺の前に立っていた。
(とりあえず、先に、「あれ」をやっておくか……)
そう心中で呟いた直後、虎義は、「はっくしょん!」と叫んだ。同時に、右手を、明後日の方向に動かすと、C箱の内部に突っ込ませた。がしゃっ、という音が鳴った。
「おっとっと……」
そんなことを呟きながら、虎義は、右手をC箱から出し、A箱に入れた。がさごそ、と内部を探り始める。
(……さて、どれを使おうか? さっき──ラウンド8が開始した直後、一号室にいる間に思いついた、あの作戦……あれを行うのに適した物が、あればいいんだが……)
そんなことを考えながら、虎義は、A箱を探り続けた。そして、十数秒後、その中から、アダプターを一個、取り出した。形は直方体で、色は白、大きさは、電源タップの左右の端から、ぎりぎりはみ出さない程度だ。表面には、ポート向きを判断する材料となる情報の類いが、広範囲にわたって描かれていたのか、上面も側面も、ほぼすべての部分が、ガムテープで覆われていた。
(よし、こいつにしよう……!)
そう脳裏で呟くと、虎義は、左手人差し指を、ポートの蓋に当てた。そこにも、ガムテープが、ちょうど蓋を覆うようなサイズの長方形に切り取られた状態で、貼られていた。
彼は、蓋を押し開け、ポート向きを確認すると、アダプターを、白テーブルの上に置いた。その後、ショルダーバッグのファスナーを、じーっ、と開けて、それの内部を、がさごそ、と探り始めた。
嬰佐が、何をしているのか、と尋ねたそうな視線を向けてきたが、スルーした。別に、「アクションの最中に、鞄の中を探ってはならない」「鞄から物を取り出してはならない」というルールはない。
(ええと──あったあった!)
虎義は、そう胸内で呟きつつ、ショルダーバッグの中から、黒サインペンを取り出した。今日の午前中、スーパーの文房具コーナーにて、シールと一緒に購入した物だ。
(よし、これを使って……!)
虎義は、サインペンの包装を開け、中身を取り出した。それを右手に持ち、きゅぽっ、と蓋を取る。アダプターの上面、ガムテープの上に、文字を書き始めた。
もし、嬰佐に、この行為を咎められたなら、即座に中止するつもりだった。しかし、彼女は、怪訝そうな表情をしていたものの、何も言ってはこなかった。虎義は、ふ、と軽く安堵の溜め息を吐いた。
しばらくして、彼は、目当ての文字を書き終えた。蓋を、きゅぽん、とサインペンに被せると、それを、ショルダーバッグの中にしまう。ファスナーを、じーっ、と閉めてから、あらためて、アダプターに視線を遣った。
それの上面には、ポートの、虎義から見て上に「表」、下に「裏」と書かれていた。
(ラウンド3で龍東が行ったのと、同じ作戦だ……おれも、やつに、心理戦を仕掛けてやる……!)
そう心中で呟きながら、虎義は、アダプターをコンセントに設置した。「表」「裏」という字が、綺麗に読めるような向きにした。
「臼場くん、設置終了ね」そう言って、嬰佐は、タイマーをストップさせた。「それじゃあ、龍東くんたちを呼んできてちょうだい」
「わかりました」
その後、虎義は、西壁の出入り口に近づくと、扉を、がちゃり、と開錠してから、がちゃっ、と開けた。
「アクションが完了した。龍東、来てくれ」
そう言った後、虎義は、一号室に利根井がいるのを見つけた。
(ん……おれがアクションを行っている間に、戻ってきていたのか……)
その後、一号室にいた人たちが、ぞろぞろ、と二号室にやってきた。
最後に、部屋に移動してきたのは、龍東だった。彼は、アクションエリアに入ると、白テーブルの南辺の前に立った。それから、電源タップのコンセントに設置されているアダプターを、じいっ、と見つめ始めた。
(ふふ……)虎義は、小さく笑った。(困惑しているな……まあ、無理もない。今、やつの頭の中では、「この、ポート向きを示す文字は、真の情報か、それとも偽の情報か?」「臼場は、『龍東は、この文字を信用しないだろう』と予想して、あえて、本当のことを書いているのか?」「それとも、その裏を掻いて、嘘のことを書いているのか?」というような思考が渦巻いているはずだ……。
おれとしては、やつが、最終的に、こう考えてくれれば、助かる。「なぜ、臼場は、このような心理戦を仕掛けてくるにあたって、ポート向き情報を、アダプターに書いたのか?」「ラウンド3で、おれが行ったように、口頭で伝えては、駄目だったのか?」と……)
「それじゃあ、龍東くん、アクションを開始してちょうだい」そう言って、嬰佐は、タイマーをスタートさせた。
(そう考えてくれたなら、やつは、さらに、こうも考えるはずだ。「臼場は、何らかの理由で、ポート向き情報を、口頭では伝えられなかったんじゃないか?」「その理由とは、『伝えようとしているポート向き情報が、嘘だから』というものなんじゃないか?」「だから、臼場は、『口頭で伝えると、表情や声の調子などから、偽の情報である、と悟られるかもしれない』と考えて、文字で伝えることにしたのでは?」と……。
実際、その推理は、一部、当たっている。おれは、「ポート向き情報を、口頭で伝えると、表情や声の調子などから、真偽を悟られるかもしれない」と考えて、文字で伝えることにした。
だが……今回、おれが書いたポート向き情報は、嘘ではない、本当のことだ。おれは、龍東が、「臼場は、『ポート向きを口頭で伝えると、表情や声の調子などから、偽の情報であることを悟られるかもしれない』と考えて、文字で伝えることにしたのでは?」と推理してくれることを期待して、あえて、真の情報を記しておいた……)
そう脳裏で呟いたところで、龍東が、右手を動かした。C箱に入れ、その中を、がさごそ、と探り始める。
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