第16/23話 連続

 最後に、嬰佐が、二号室から出てきた。彼女は、茶テーブルに近づくと、ラウンド6で使用されたアダプターとケーブルを、U箱に入れた。「それじゃあ、ラウンド7を開始しましょう」と言う。

(龍東は、シールを、反対の位置に移動させていたのか……つまり、やつは、VANアダプターの目印に気がついている、ということだ)虎義は、奥歯を、ぐっ、と強く噛み締めた。(おそらく、ラウンド5では、シールは、自然に剥がれたのではなく、やつが剥がしたんだろう)

 そんなことを考えている間に、嬰佐が、アワード・ダイスとインサーター・ダイスを振っていた。結果、懸賞ポイント数は1SP、虎義は挿入者、龍東は設置者となった。

「それじゃあ、龍東くん、二号室に行きましょう」

 その後、嬰佐と龍東、菱門は、その部屋に移動した。一号室の東壁に取りつけられている扉が、ばたん、と閉められ、がちゃり、と施錠された。

 約一分後、一号室の南壁に取りつけられている扉が、がちゃっ、と開かれた。そちらに、視線を遣る。

 瑠子が、部屋に入ってきていた。彼女は、茶テーブルのディスプレイを見ながら、虎義に向かって、すたすた、と近づいてきた。

「ただいま戻りました。こちらは6SP、向こうは14SPですか……」瑠子は、やや険しい顔をしていた。「厳しい状況ですが……まだ、決着がついたわけではありませんから。ここから、挽回しましょう」

「ああ、そうだな……」虎義は、ふう、と軽く溜め息を吐いた。「ちなみに、今はラウンド7、懸賞ポイント数は1SPだ」そう言ってから、声量を一段と下げた。「で……あの作戦、どうだった?」

 瑠子は、ふふ、と微笑を浮かべた。「上手く行きました」と小さな声で言う。「で、これが、例の物です」

 そう言って、瑠子は、須梶に目撃されないよう気をつけながら、トートバッグから、ある物を取り出すと、虎義に差し出してきた。

「ありがとう」

 そう言うと、虎義も、須梶に目撃されないよう気をつけながら、それを、瑠子から受け取った。その後は、二人で、適当な雑談を交わした。

 数分後、二号室の扉が開かれ、菱門が姿を現した。「龍東さまのアクションが完了しました。臼場さん、来てください」

 その後、虎義は、二号室に移動した。アクションエリアに入り、白テーブルの南辺の前に立つ。

(……これは、どういうことだ?)

 白テーブルの上を見た虎義は、最初に、そう考えた。その後、嬰佐が、「それじゃあ、臼場くん、アクションを開始してちょうだい」と言って、タイマーをスタートさせた。

 虎義は、あらためて、電源タップに設置されているアダプターに視線を遣った。形は直方体で、色は白、大きさは、電源タップの左右の端から、少しはみ出している程度だ。左右の側面には、製品名らしき「VAN」というロゴが描かれていた。

(VANアダプターだと……?! 馬鹿な……おれが、「龍東は、『VANアダプターの裏面には、目印としてシールが貼られている』と気がついている」と知っている、ということは、とうぜん、やつも、理解しているだろ……?!)

 虎義は、思わず、オーディエンスエリアに目を向けた。龍東は、相変わらず、へらへら、とした笑いを浮かべていた。

 彼は、視線を、白テーブルの上に戻した。(落ち着け……落ち着くんだ……)と脳裏で呟く。滑稽に見えるかもしれない、ということは承知のうえで、すうう、はああ、と大きく深呼吸した。

(……とりあえず、先に、アクションの準備をしておくか……)

 そう胸内で呟いた後、虎義は、C箱から、ケーブルを一本、取り出した。それのVTCコネクターを、スピーカーに接続する。

(……まさかとは思うが……念のため、シールが貼られているかどうか、確認してみるか……)

 そう心中で呟くと、虎義は、右手にコネクターを持ち、左手でアダプターの前後の側面を掴んだ。その時、さりげなく、左手小指で、アダプターの裏面、彼から見て左上隅を、さっ、と撫でた。

 そこには、シールが貼られていた。

(ぐう……どういうことだ……?)虎義は、左右の瞼を、軽く上げた。(龍東は、シールの存在に気がついているに違いないんだ……なのに、なぜ、やつは、VANアダプターを設置する……? シールを貼ったままにする……?)

 彼は、その後、VANアダプターから左手を離し、VTCコネクターを白テーブルの上に置いた。腕を組んで、考えを巡らせ始める。

(まさか……龍東は、まだ、目印に気がついていないのか……? ラウンド5では、シールは、自然に剥がれたのか……? ラウンド6では、シールは、最初から、あの位置に貼られていたのか……? そもそも、おれがシールを貼った位置が、誤っていたのか……?)

 そんな考えが頭を過ぎった直後、虎義は、ぶんぶん、と首を激しく横に振った。いやいやいや、と脳裏で呟く。

(そんなミスを犯さないよう、シールを貼る時は、とにかく集中していたじゃないか……それこそ、学校のテストや大学受験の模試に劣らないくらいに。にもかかわらず、しくじるだなんて、ありえない。

 ……そうか……これが、龍東の目的か? やつは、おれが、「龍東は、まだ、目印に気がついていない」と楽観的に考えて、シールの情報を信用することを期待しているんじゃないのか? つまり、今、ポートは、裏向きになっているんじゃないのか?

 ……もしかしたら、龍東は、こう考えたのかもしれないな。「VANアダプター以外のアダプターは、どれを設置しようが、同じこと」「臼場に、アクションに失敗させるための策を思いついているわけでもない」「ならば、駄目で元々だ、VANアダプターを設置しよう」「臼場が、『龍東は、まだ、目印に気がついていない』と勘違いしてくれれば、儲けものだ」と……。

 よし……コネクターは、裏向きにして、挿入しよう……!)

 そう胸内で呟いた後、虎義は、腕を解いた。左手で、VANアダプターの前後の側面を持ち、右手で、コネクターを摘まむ。

 その後、それの先端を、ポートに近づけていった。蓋を押し開け、内部へと進入させていく。

 がきっ、という鈍い音が鳴って、コネクターは、それ以上は動かなくなった。

「臼場くん、挿入失敗ね」嬰佐は、タイマーをストップさせた。「本ラウンドにおけるアクションの成功者は、龍東くんよ。龍東くんには、1SPを進呈するわ」


「それじゃあ、みんな、一号室に戻りましょう」

 龍東融二ゆうじは、そう嬰佐が言った後、西壁の出入り口に向かって歩きだした。彼女は、電源タップからアダプターを取り外そうとし始めた。

(臼場は、アクションに失敗したな……ということは、やつは、おれの狙いどおりに思考してくれたか?)くく、と小さく笑った。(「龍東は、おれが、『龍東は、まだ、目印に気がついていない』と楽観的に考えて、シールの情報を信用することを期待している」「つまり、今、ポートは、裏向きになっている」と……)

 その後、龍東は、一号室に移動した。まだ、利根井は、戻ってきていなかった。

(おれが、最初に、臼場の行動に対し、違和感を抱いたのは、ラウンド4が終わった直後のことだ。

 あの時、臼場は、くしゃみをした。その拍子に、左手小指に怪我を負ったようで、そこから、微量の血が垂れているのが見えた。やつは、その後、ティッシュペーパーで傷口を押さえた。

 変じゃないか。どうして、絆創膏を貼らないんだ?

 おれが、一匯屋駅でバスに乗った時、臼場が絆創膏を使っているのが見えた。やつが持っていたポリ袋には、他にも、未使用の絆創膏が、たくさん入っていた。

 止血することが、面倒だった? いいや、それはない。臼場は、ティッシュペーパーで左手小指を押さえたじゃないか。やつには、止血の意思があったんだ。だが、なぜか、絆創膏は用いなかった。

 ショルダーバッグから絆創膏を取り出すことが、面倒だった? いいや、それもない。臼場は、ショルダーバッグからポケットティッシュを取り出したじゃないか。その時に、ポケットティッシュではなく、絆創膏を入れてあるポリ袋を取り出せばいいだけの話だ。

 うっかり、絆創膏の存在を忘れていた? いいや、それもない。臼場は、ポケットティッシュを取り出す時、数十秒間、ショルダーバッグの中を探っていたじゃないか。その時、絆創膏を入れてあるポリ袋が、見えたはずだ。「数十秒間、ショルダーバッグの中を探りましたが、絆創膏に気がつきませんでした」と考えるほうが、無理がある……)

 嬰佐が、東壁の出入り口をくぐってきて、ばたん、と扉を閉めた。すでに、全員が一号室にいた。

(つまり、臼場は、絆創膏を、わざと使わなかったんだ。それは、どうしてか? 絆創膏を用いることにより、何らかのデメリットを被る、とでも言うのだろうか? 何かを失う、とでも言うのだろうか?

 そこまで考えたところで、閃いたんだ。肌に絆創膏を貼れば、とうぜん、その部位は、触覚の鋭敏さが失われる。「臼場は、アダプターに、触覚により感知できるような目印を付けているんじゃないか?」「具体的には、左手の小指の触覚を利用しているんじゃないか?」「だから、やつは、左手の小指に、絆創膏を貼らなかったんじゃないか?」そう思った。

 それで、ラウンド5における、設置者としてのアクションタイムの時、ラウンド4で使用された物と同じ、VANアダプターを調べてみた。そうしたら、案の定、目印が見つかった。アダプターの裏面の右上隅に、小さな円形をした、透明なシールが貼られていたんだ。その時、おれは、確信したよ……「臼場は、挿入者としてのアクションを行う時、設置されているアダプターの裏面、自分から見て左上隅に、シールが貼られているかどうか、を左手小指でチェックして、ポート向きを判断していたんだ」ってな)

 そう心中で呟いたところで、龍東は、茶テーブルに視線を遣った。それのディスプレイに表示されている値は、「臼場 所持ポイント数」の下が「06」、「龍東 所持ポイント数」の下が「15」となっていた。

(あと、3SPだ……それだけ、獲得すれば、勝利が確定する。ひいては、スタンダード・ハンドレッドを手に入れられる……)くく、と静かに笑った。(それにしても、まさか、こんな──臼場とギャンブルで対決する、というような展開になるとはな……数日前までは、思ってもいなかったよ)

 嬰佐が、茶テーブルに、すたすた、と近づいた。ラウンド7で使用されたアダプターとケーブルを、U箱に入れる。

(おれも、以前から、レコスタ電商は、よく利用していた。ここは、品揃えが、かなり豊富だからな……いくらインターネットを巡っても、手にする機会どころか目にする機会すらなかったようなアイテムが、ワゴンに山積みにされている、ということも、しばしばあった。

 それで、おれは、スタンダード・ハンドレッドを手に入れるための、いろいろな行動を、本格的に開始した直後、こっそり、この建物に、盗聴器を仕掛けておいたんだ。「ここなら、もしかしたら、スタンダード・ハンドレッドを仕入れるかもしれない」と思ってな……)

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