第15/23話 故意

(く……)虎義は、軽く眉を寄せた。(まだ、結論は出せていないんだが……おれに、ギャンブルを一時中断させる権限があるわけでもないしな……)

 そう考えると、彼は、二号室に移動した。アクションエリアに入り、白テーブルの南辺の前に立つ。

「それじゃあ、臼場くん、アクションを開始してちょうだい」そう言って、嬰佐は、タイマーをスタートさせた。

 虎義は、あらためて、電源タップに設置されているアダプターに視線を遣った。形は直方体で、色は白、大きさは、電源タップの左右の端から、少しはみ出さしている程度だ。左右の側面には、製品名らしき「VAN」というロゴが描かれていた。

(ぐ……今回も、VANアダプターか……)虎義は、ごくり、と唾を飲み込んだ。(ラウンド5までとは違って、素直に喜べないな……)

 そう脳裏で呟いた後、虎義は、アクションの準備を行った。C箱からケーブルを一本、取り出して、それのVTCコネクターを、スピーカーに接続する。

(とりあえず、先に、例の位置にシールが貼られているかどうか、確認してみるか……)

 そう胸内で呟くと、虎義は、右手にコネクターを持ち、左手でアダプターの前後の側面を掴んだ。その時、さりげなく、左手小指で、アダプターの裏面、彼から見て左上隅を、さっ、と撫でた。

 そこには、シールが貼られていた。

(ということは、ポートは、表向き……と考えていいのだろうか?

 もし、龍東が、目印に気がついているのなら、そんな物、除去するに決まっている……しかし、このVANアダプターには、貼られたままだ。つまり……やつは、これの存在を知らないのか? ラウンド5では、シールは、自然にアダプターから剥がれてしまった、ということか? このアダプターのポートは、シールが示すとおり、表向きになっている、ということか?

 ……いや、その考えは安直か。もしかしたら、龍東は、アダプターの裏面の右上隅から、シールを剥がした後、それを、裏面の左下隅に貼ったのかもしれない。おれが、「アダプターの裏面の左上隅にシールが貼られている、ということは、ポートは表向きになっている」と誤って判断するように……。

 クソ……いったい、どっちなんだ……? 龍東は、目印に気がついているのか、それとも、気がついていないのか?)

 虎義は、右手のコネクターを白テーブルの上に置き、左手をアダプターから離した。それからは、腕を組んで、考えを巡らせ始めた。今度は、フリではなかった。

(……待てよ……そう言えば、これで、VANアダプターが設置されたのは、三回目だな。それも、ラウンド4から、連続して選択されている。

 VANアダプターは、全部で、六個しかない……A箱には、他にも、たくさんのアダプターが入れられている。それなのに、毎回、VANアダプターが使用されている、というのは、不自然ではないか?

 つまり……龍東は、わざと、VANアダプターを設置し続けているんじゃないか? やつは、目印に気がついているんじゃないか?

 ラウンド4では、おれは、アクションに成功した……だから、あの時、龍東がVANアダプターを使用したのは、偶然だろう。しかし、ラウンド5・6では、シールの存在を逆手にとって、おれを罠に嵌め、アクションに失敗させるために、わざと、VANアダプターを選択したんじゃないか?)

 虎義は、A箱に視線を遣った。そこには、残りのVANアダプター、三個が入っているのが見えた。

(……そうだ……VANアダプターは、まだ、三個、残っている。もし、龍東が、シールの存在に気がついているのなら、あと三回、おれが挿入者を務めるラウンドにて、VANアダプターを設置することで、トラップを仕掛けられる。

 そう考えると……今回、おれを罠に嵌めるのは、やつにとって、どちらかといえば、デメリットなんじゃないか?

 ラウンド5では、所定の位置に、目印は存在しなかった。だから、おれは、アクションに失敗した時も、「もしかしたら、シールが自然に剥がれてしまったのかもしれない」「龍東は、まだ、シールの存在に気がついていないのかもしれない」と考えた。

 だが、このラウンド6では、所定の位置に、目印が存在している。もし、この後、おれがアクションに失敗したら、「もしかしたら、シールが自然に反対の位置に移動してしまったのかもしれない」なんて考えない。絶対に、「龍東が、おれにポート向きを誤解させるため、シールを反対の位置に移動させたんだ」「やつは、シールの存在に気がついているんだ」と考える。

 その場合、残り三個のVANアダプターを使って、おれを罠に嵌めることは、もう、できなくなる。それは、龍東にとって、惜しいんじゃないか? そのような事態を避けるため、このラウンド6では、わざと、ポートは、目印が示すとおり、表向きにしているんじゃないか?)

 虎義は、一瞬だけ、オーディエンスエリアに視線を遣って、龍東の表情を窺った。彼は、相変わらず、にたにた、と笑っていた。虎義が思い悩んでいる様子を馬鹿にしているのかもしれなかった。

(……そうだ……むしろ、龍東は、このラウンド6では、「臼場の、目印に対する信頼性を、回復させよう」と思っているんじゃないか?

 つまり……やつは、こう考えているんじゃないか? 「このラウンド6で、ポート向きが、目印の示すとおりだったなら、臼場は、こう思うだろう……『龍東は、まだ、シールの存在に気がついていないんだ』『ラウンド5では、シールは、自然に剥がれてしまっていたんだ』と」って。そして、この後のラウンドで、残りのVANアダプターを設置し、おれを罠に嵌め、アクションに失敗させようとしてくるんじゃないか? それこそ、アダプターの裏面に貼られているシールを、反対の位置に移動させて……)

 そこまで考えたところで、虎義は、左手小指の腹に出来ている傷口に、わずかな痒みを覚えた。腕を解いた後、右手人差し指で、ぽりぽり、と軽く掻いてから、また腕を組む。

(……よく考えてみれば、このラウンド6の懸賞ポイント数は、たった1SPじゃないか。もし、おれがアクションに成功したとしても、所持ポイント数は、おれが7SP、龍東が13SP……まだまだ、やつの優勢は、揺るがない。

 ならば、その、たった1SPのために、「龍東はシールの存在に気がついている」と、おれに知らせるようなことは、しないんじゃないか?)

 すでに、タイマーのディスプレイに表示されている値は、「00:30」を下回っていた。虎義は、いつ間にやら俯かせていた顔を、ばっ、と上げると、さっ、と腕を解いた。

(よし……今回は、コネクターは、目印のとおり、表向きにして、挿入しよう。龍東が、シールの存在に気がついていない場合、アクションに成功するはずだ。そして、もし、気がついている場合でも、このラウンド6では、わざと、ポート向きは、目印のとおりにしているはずだ……)

 そう心中で呟いた後、虎義は、左手で、VANアダプターの前後の側面を持ち、右手で、コネクターを摘まんだ。その後、それの先端を、ポートに近づけていった。蓋を押し開け、内部へと進入させていく。

 がきっ、という鈍い音が鳴って、コネクターは、それ以上は動かなくなった。

「くう……!」虎義は、思わず、そんな唸り声を上げた。

「臼場くん、挿入失敗ね」嬰佐は、タイマーをストップさせた。「本ラウンドにおけるアクションの成功者は、龍東くんよ。龍東くんには、1SPを進呈するわ。それじゃあ、みんな、一号室に戻りましょう」

 その後、虎義は、一号室に移動した。茶テーブルのディスプレイに表示されている値は、「臼場 所持ポイント数」の下が「06」、「龍東 所持ポイント数」の下が「14」となっていた。

(本当、目標ポイント数が14SPでなくて、助かった……)彼は軽く胸を撫で下ろした。(もし、そうだったなら、このラウンドで敗北していた)

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