第13/23話 目印

「それじゃあ、ラウンド4を開始しましょう。まずは、懸賞ポイント数を決めるわね」

 そう言うと、嬰佐は、アワード・ダイスを茶碗の中に投入した。それは、ごろんごろん、という音を立てて転がり回った後、止まった。

 出目は【6】だった。彼女が、「懸賞ポイント数は、6SPよ」と言った。

「……!」虎義は左右の瞼を全開にした。(6SPだと……! もし、このラウンドで、龍東がアクションに成功すれば、やつの所持ポイント数は、18SP……目標ポイント数に到達してしまう……!)ごくり、と唾を飲み込んだ。(今のところ、おれは、三回連続でアクションに失敗しているが……今回だけは、なんとしてでも、アクションに成功しないと……!)

 その後、嬰佐は、アワード・ダイスを取り出してから、インサーター・ダイスを振った。結果、虎義は挿入者、龍東は設置者となった。

 数分後、龍東がアクションを完了させた。虎義は、二号室に移動すると、アクションエリアに入り、白テーブルの南辺の前に立った。

「それじゃあ、臼場くん、アクションを開始してちょうだい」そう言って、嬰佐は、タイマーをスタートさせた。

 虎義は、あらためて、電源タップに設置されているアダプターに視線を遣った。形は直方体で、色は白、大きさは、電源タップの左右の端から、少しはみ出している程度だ。左右の側面には、製品名らしき「VAN」というロゴが描かれていた。

(よし……VANアダプターだ……!)

 虎義は手でも叩きたい衝動に駆られた。もちろん、我慢した。

 彼は、ラウンド1が開始される前、ギャンブルに使われる道具を調べた時に、VANアダプターに対して、細工を施しておいたのだ。具体的には、アダプターの表面にシールを貼っておく、というものだ。

(もちろん、ただのシールじゃない……それを利用すれば、ポート向きを判断できるようになっている)

 シールは、虎義が、今日の午前中、スーパーの文房具コーナーにいた時、購入していたものだ。今回、彼は、その商品に含まれている、さまざまな色のシールのうち、透明な物を用いた。

(おれは、ヴェサ・ローカルにて、そのシールから、直径が数ミリメートルの円形を、鋏で切り取った。そして、それを、ギャンブルに使われる道具を調べた時に、嬰佐の目を盗んで、VANアダプターの面に貼りつけたんだ。鋏も、シールと同じ時に購入していた)

 シールを貼る場所にも、注意した。それは、アダプターの裏面──コンセントに挿入するための金具が突出している面──の、右上隅──電源タップに設置した時、それの左端からはみ出す部分──だった。

 A箱の中には、たくさんのアダプターが入れられている。しかし、サイズが大きく、電源タップに設置した時、それの左右の端からはみ出すような物は、VANアダプター、六個しかなかった。虎義は、それらすべてに、シールを貼っていた。

(当然だが、挿入者としてのアクションを行っている最中に、アダプターの裏面、なんて所を覗き込むわけにはいかない。いくらなんでも、不自然だ……そこで、視覚でなく、触覚により、ポート向きを判断できるようにした)

 どのVANアダプターにも、シールは、裏面の右上隅に、一つだけ貼っておく。そして、挿入者としてのアクションを行う時、左手でアダプターを持った時に──その時の虎義から見ると、シールは、裏面の左上隅に位置している──、小指を動かし、さりげなく、その部分を触る。そこにシールが存在していれば、ポートは表向き、存在していなければ、裏向き、ということだ。

(おれは、間違いなく、アクションに成功する……だが、ラウンド1・3では、おれは、コネクターの向きについて、ひどく思い悩んでいたというのに、このラウンドでは、コネクターの向きについて、すぐに結論を出す、というのは、龍東に対して、何か、不自然な印象を与えてしまうかもしれない。ここは、念のため、ラウンド1・3の時のように、考えを巡らせるフリをして、時間を稼ぐか……)

 そんなことを胸内で呟きながら、虎義は、アクションの準備を行った。C箱からケーブルを一本、取り出して、それのVTCコネクターを、スピーカーに接続する。

(とりあえず、先に、ポート向き、確認しておくか……)

 そう心中で呟くと、虎義は、右手にコネクターを持ち、左手でVANアダプターの前後の側面を掴んだ。その時、さりげなく、左手小指で、アダプターの裏面、彼から見て左上隅を、さっ、と撫でた。

 そこには、シールが貼られていた。

(ということは、ポートは、表向きだ……!)

 虎義は、顔が緩みそうになるのを、必死に堪えた。右手で摘まんでいるコネクターを、白テーブルの上に置き、左手を、VANアダプターから離す。それからは、腕を組んで、考えを巡らせるフリをした。

 その後、しばらくして、タイマーのディスプレイに表示されている値が、「00:30」を下回った。

(……そろそろ、いいだろう)

 そう脳裏で呟いて、虎義は腕を解いた。左手で、VANアダプターの前後の側面を持ち、右手で、コネクターを摘まむ。その後、それの先端を、ポートに近づけていった。蓋を押し開け、内部へと進入させていく。

 やがて、コネクターは、全体がポートに収まった。スピーカーが、ぱーぱぱー、というファンファーレを鳴らした。

「よっしゃ!」虎義は思わず、そんな声を上げて、ガッツポーズをした。

「臼場くん、挿入成功ね」そう言うと、嬰佐は、タイマーをストップさせた。「本ラウンドにおけるアクションの成功者は、臼場くんよ。臼場くんには、6SPを進呈するわ。それじゃあ、みんな、一号室に戻りましょう」

 それから、虎義は、その部屋に移動した。茶テーブルのディスプレイに表示されている値は、「臼場 所持ポイント数」の下が「06」、「龍東 所持ポイント数」の下が「12」となっていた。

(やった、やった、やった……アクションに成功したぞ……! いくら、VANアダプターの裏面の右上隅に、目印のシールが貼られていた、とはいえ、何かしらの理由で失敗するんじゃないか、みたいな、被害妄想じみた不安を抱いていたが……しょせんは、妄想だったな……!)

 嬉しさのあまり、緊張が緩んでいたのか、唐突に、くしゃみの衝動に襲われた。一瞬、抑え込まなきゃ、と思ったが、すぐさま、あ、こりゃ抑え込めないな、と直感した。

 口を押さえようとして、慌てて、両手を動かした。途中、左手に、かすかな疼痛を味わったが、気にしている場合ではなかった。

「はっくしょん!」

 そんなくしゃみをしたのは、なんとか両手で口を押さえられた直後だった。龍東や須梶、鳥栖栗が、視線を向けてきた。

「いてて……」

 虎義は、両手を口から離しながら、そんなことを呟いた。左手に視線を遣る。

 小指の腹に、とても短い引っ掻き傷が出来ていた。そこからは、ごく微量の血が垂れてきていた。

(そういや、口を押さえようとして、両手を動かした時、右手薬指の爪に、何かを引っ掻いたような感触を味わったな……その怪我か)

 そう胸内で呟きながら、虎義は、ショルダーバッグのファスナーを、じーっ、と開けた。内部に右手を入れ、がさごそ、と探り始める。

(ええと……あれは、どこに入れてあったっけか……)

 その間に、嬰佐が、二号室から出てきた。彼女は、茶テーブルに近づくと、ラウンド4で使用されたアダプターとケーブルを、U箱に入れた。

 その頃になって、ようやく、虎義は、ポケットティッシュを出すことに成功した。そこから、塵紙を数枚、取ると、左手の小指に押しつける。

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