第10/23話 反応

(うーん……「この向きのコネクターなら、ポートに挿入できる」と考える根拠となるような情報が、特に、ないんだよな。表向きでも、裏向きでも、成功しそうな気がする。

 ……まるで、ババ抜きみたいだな。あれだって、「相手の手札からカードを引く時、どれがジョーカーか、どれがジョーカーでないか、しっかり考えを巡らす」というわけじゃない。どれを選ぶか、なんて、その時の気分次第だ。……まあ、ババ抜きなら、あるカードを取ろうとしている、と見せかけて、相手のリアクションを窺う、ということもできるんだが……)

 そんなことを現実逃避気味に考えたところで、ふと閃いた。

(そうだ──このギャンブルでも、それと同じような戦術を行ってみたらどうだろう? コネクターを表向きで挿入する、と見せかけて、龍東のリアクションを窺うんだ。

 どうせ、他に、いいアイデアが浮かんでいる、というわけでもないしな……よし、やってみよう。それじゃあ、まずは、ケーブルを準備しないと……)

 そう心中で呟きながら、虎義は、C箱に視線を遣った。内部には、数十本ものケーブルが入れられていた。いずれも、片方の端には、USBコネクターが、もう片方の端には、VTCという規格のコネクターが取りつけられていた。

 彼は、その中から、ケーブルを一本、取り出した。今度は、スピーカーに、目を向ける。その側面には、VTCポートが一口、設けられていた。

 このスピーカーは、電源が入った時、ファンファーレを一度だけ鳴らすように設定されている。そして、今、それの電源ボタンは、押しっぱなしの状態で固定されていた。つまり、これのVTCポートを、何らかの手段を用いて、コンセントと繋げれば、ファンファーレが一度だけ鳴る、というわけだ。

 挿入者は、C箱から取ったケーブルのUSBコネクターを、アダプターのポートに挿入する前に、そのケーブルのVTCコネクターを、スピーカーに接続しておく、という手順になっていた。すなわち、挿入者が、USBコネクターを、アダプターのポートに挿入できた場合、スピーカーはファンファーレを鳴らす、というわけだ。そして、挿入者は、スピーカーがファンファーレを鳴らした時点において、初めて、「アクションに成功した」と見なされる、というルールになっていた。

(もしかしたら、龍東のやつ、「なんらかの手段を用いて、周囲の人たちに、コネクターをポートに挿入できたように勘違いさせる」という作戦を行うかもしれないからな……それを防ぐためにも、スピーカーは必要だった)

 そう脳裏で呟きながら、虎義は、ケーブルをスピーカーに接続した。その後は、右手で、ケーブルのUSBコネクターを摘まみ、左手で、アダプターの前後の側面を掴んだ。コネクターは、表向きにした。

(よし……それじゃあ、作戦を開始するとしよう……!)

 そう胸内で呟いた後、虎義は、右手を、アダプターに、ゆっくりと近づけていった。しばらくしてから、コネクターの先端は、ポートの蓋に接触し、かつ、という音を立てた。

(今だっ!)

 そう心中で叫んで、虎義は、頭を、ひゅばっ、と素早く左に動かした。オーディエンスエリアにいる龍東に、視線を遣る。

 はたして、ギャンブラーでも何でもない自分が、他者の表情を窺う、ひいては、その人の抱いている感情を推測する、だなんて、上手くできるのだろうか。そんな心配をしていたが、杞憂だった。龍東の顔からは、安堵していることが、容易に読み取れたからだ。

(今、おれは、コネクターを表向きにしている。もし、龍東が、ポートを表向きにしているなら──すなわち、おれが、今、まさに、アクションに成功しようとしているところだったなら、あんな表情は、できないだろう。あれは、緊張を緩めきっている顔だ。

 つまり、ポートは、裏向きになっている、ということだ……!)

 龍東を含む、オーディエンスエリアにいる人たちが、虎義の顔に、怪訝な視線を遣ってきた。彼は、さっ、と頭を元の向きに戻した。

(よし……そういうことなら、コネクター、裏向きにした状態で、ポートに挿入しよう……!)

 虎義は、コネクターを、アダプターから離した。右手を動かし、くるっ、とケーブルを半回転させる。その後は、コネクターの先端で、ポートの蓋を押し開け、それの内部へと進入させていった。

 がきっ、という鈍い音が鳴って、コネクターは、それ以上は動かなくなった。

(な……?!)虎義は、唖然として、口を半開きにした。

 嬰佐が、タイマーのボタンを、ぽちっ、と押して、動作をストップさせてから、言った。「臼場くん、挿入失敗ね」

 その声を聞いて、虎義は、我に返った。

「本ラウンドにおける、アクションの成功者は、龍東くんよ。龍東くんには、5SPを進呈するわ。それじゃあ、みんな、一号室に戻りましょう」

 虎義は、白テーブルの南辺の前から離れると、西壁の出入り口を目指して、歩きだした。嬰佐は、電源タップからアダプターを取り外していた。

(……ポートは、表向きだった。つまり、おれが、最初、表向きにしたコネクターを挿入しようとした時、あのままなら、アクションに成功することができていたんだ。

 しかし、その時、龍東は、安堵しているような表情を浮かべていた。なぜか?)

 移動している最中、須梶が、スマートフォンを操作しているのが見えた。その端末の背面には、「業務用」と書かれたシールが貼られていた。

(決まっている……あれは、罠だったんだ。つまり、あの時、龍東は、わざと、緊張を緩めきっている、ということが、わかりやすく読み取れるような、そんな顔をしていたんだ。おれが、やつの表情を窺って、「龍東は、安堵している」「なら、コネクターは、表向きでは、挿入に失敗するんだ」「ポートは、裏向きになっている、ということだ」と、誤って推理するように……。

 クソ……まんまと、引っかかってしまった。……これじゃあ、今後は、「コネクターをポートに挿入すると見せかけて、その時の龍東の様子を観察する」という作戦、行うわけにはいかないな……今回みたいに、騙される可能性がある)

 そこまで考えたところで、虎義は、一号室に入った。彼は、そこで、茶テーブルのディスプレイの電源が入っていることに気づいた。それの左上には、「臼場 所持ポイント数」という文字が、右上には、「龍東 所持ポイント数」という文字が表示されていた。前者の下には、「00」という数字が、後者の下には、「05」という数字が表示されていた。

(なるほど、これで、現在の所持ポイント数を確認できる、というわけだな。助かるよ……記憶だけでは、間違える可能性、なくはないから。さっき、須梶が、業務用のスマホを操作していたから、おそらく、あれで、ディスプレイに表示している内容を、更新しているんだろう)

 最後に、二号室から出てきたのは、嬰佐だった。彼女は、左手に、ラウンド1で使用されたアダプターとケーブルを持っていた。

 嬰佐は、扉を、ばたん、と閉めると、茶テーブルに近づいていった。到着するなり、それの上に置かれている紙箱に向かって、左手を伸ばす。それは、白テーブルのA箱やC箱と同じような見た目をしていた。ただし、前面に書かれている文字は、「U」だ。

 やがて、彼女は、その箱に、アダプターとケーブルを入れた。「一度、使用された、アダプターおよびケーブルを、もう一度、使用することはできない」というルールだった。

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