第09/23話 開始

「それじゃあ、さっそく、USBコネクター挿入競争を始めましょう。まずは、目標ポイント数を決めるわね」そう言うと、嬰佐は、茶テーブルに、すたすた、と近づいていった。

 このギャンブルは、いわゆるラウンド制だ。各ラウンドの序盤では、プレイヤーに、「挿入者」もしくは「設置者」という役割が与えられる。中盤以降では、プレイヤーは、その役割に応じたアクションに成功することを目指す。そして、成功することができたプレイヤーは、ポイントを獲得することができる。そのような手順で、ラウンドを経ていき、先に、所持ポイント数が目標ポイント数以上になったプレイヤーの勝利。そんなルールだった。

(しかし、目標ポイント数を何SPにすればいいか、については、龍東は、結論を出していなかった……)ポイントには、「SP」という単位が設定されていた。(別に、定めるのが困難だった、ってわけじゃない。むしろ、逆だ。別に、いくらでもいいせいで、なかなか、決められなかったそうだ。おれも、少し考えを巡らせてみたが、なるほど、その気持ちが理解できた。10SPでもいい気がするし、20SPでもいい気がするし、30SPでもいい気がする。

 そこで、龍東が、目標ポイント数を決定する方法として、最終的に提案してきたのは、「ラウンド1を開始する前に、嬰佐さんに『ターゲット・ダイス』を振ってもらい、それの出目を目標ポイント数として設定する」というものだった……)

 ターゲット・ダイスとは、「バンド・インフィニティ」というアナログゲームで使われるサイコロの名前だ。このギャンブルでは、他にも、「アワード・ダイス」「インサーター・ダイス」というサイコロが用いられるが、それらも、同じゲームの付属品だ。

(龍東からのメールに書かれていた、「USBコネクター挿入競争では、バンド・インフィニティのアイテムを用いる」という内容の文章を読んだ時、おれは、「そもそも、レコスタ電商に、バンド・インフィニティがあるのか?」という疑問を抱いたが……それは、杞憂だった。その後、嬰佐さんに電話をかけた時、確認したところ、店で売る品としてバンド・インフィニティを入荷している、という回答をもらった。

 ……もしかしたら、龍東のやつ、レコスタ電商にバンド・インフィニティがある、ということを、あらかじめ知っていたのかもな。なにせ──どんな方法を使ったのかは知らないが──おれの個人情報を把握しているくらいだ……店について、いろいろ調査していても、不自然ではない)

 しばらくして、嬰佐は、茶テーブルの前に立つと、その上から、ターゲット・ダイスを手に取った。それの目は、【1】【5】【11】【14】【18】【55】の六種類だった。

(【1】が出たら、最悪だな……。各ラウンドでは、引き分けることは、ないんだ。アクションに成功するプレイヤーは、一人だけ。つまり、必ず、おれと龍東のどちらかが、1SP以上を獲得する。目標ポイント数が1SPじゃ、ラウンド1にて、いきなり、勝敗が決定してしまう……)

 各ラウンドでは、最初に、嬰佐にアワード・ダイスを振ってもらって、懸賞ポイント数を決める。それが、アクションに成功したプレイヤーの入手するポイント数だ。

 そのサイコロの目は、【1】から【6】まで。つまり、プレイヤーは、一ラウンドにおいて、最低で1SP、最高で6SPを獲得することができる。

(可能であれば、【5】も、出てほしくないな……。その場合、ラウンド1の懸賞ポイント数が、5SPか6SPだったなら、いきなり勝敗が決定してしまう。確率としては、六分の二──三十三パーセント強……。よしんば、ラウンド1の懸賞ポイント数が、4SP以下だったとしても、全体としては、間違いなく、短期決戦になる。

 あと、【55】も、出てほしくないな。その場合は、逆に、勝敗が決定するまで、時間がかかり過ぎる。各ラウンドの懸賞ポイント数は、最高でも6SPなんだから、最短でも、10ラウンドを要してしまう)

 嬰佐は、茶テーブルの上に置かれている茶碗に、ターゲット・ダイスを投入した。それは、ごろんごろん、という音を立てて、転がり回り始めた。

(できれば、【11】【14】【18】が出てほしいな。これらのうち、いずれかの値が、目標ポイント数として設定されたなら、ちょうどいい)

 虎義が、そこまで考えたところで、ターゲット・ダイスが止まった。

 出目は【18】だった。嬰佐が「目標ポイント数は、18SPよ」と言った。

(よし……!)虎義は、満足げに、小さく顎を引いた。

「それじゃあ、ラウンド1を開始しましょう」

 そう言いながら、嬰佐は、ターゲット・ダイスを茶碗の中から取り出すと、茶テーブルの上に置いた。

「まずは、懸賞ポイント数を決めるわね」

 そう言うと、嬰佐は、アワード・ダイスを摘まみ上げて、茶碗の中に投入した。それは、ごろんごろん、という音を立てて転がり回った後、止まった。

 出目は【5】だった。彼女は、「懸賞ポイント数は、5SPよ」と言いながら、サイコロを取り出すと、茶テーブルの上に置いた。

 虎義は、両目を、やや瞠った。(いきなり、5SPだと……?!)ごくり、と唾を飲み込んだ。(ここで勝てば、龍東に、大差をつけることができる……負けるわけにはいかない……!)

「次に、挿入者を決めるわね」

 そう言って、嬰佐は、インサーター・ダイスを手に取った。それは、立方体の形をしており、三面に【虎】、残り三面に【龍】と記されていた。

(【虎】が出れば、おれが挿入者、【龍】が出れば、龍東が挿入者だが……)

 虎義が、そう脳裏で呟いている間に、インサーター・ダイスは、茶碗の中に投入された。それは、ごろんごろん、という音を立てて転がり回った後、止まった。

 出目は【虎】だった。嬰佐が、「臼場くんは、挿入者、龍東くんは、設置者よ」と言いながら、サイコロを取り出すと、茶テーブルの上に置いた。「それじゃあ、龍東くん、二号室に行きましょう」

 そう言って、まず、嬰佐が、東壁の出入り口をくぐった。次に、菱門が、彼女の後に続いた。虎義が、ヴェサ・ローカルにいた頃、龍東に、「あんたが、設置者としてのアクションを行う時、部屋にいるのが、あんたと嬰佐さんの二人だけでは、彼女の身の安全が保障されない」「警護員を同室させてくれ」というメールを送っていたためだ。

 最後に、龍東が、二号室に移動すると、扉を、ばたん、と閉めて、がちゃり、と施錠した。そして、数分が経過したところで、その扉は、がちゃり、と開錠され、がちゃっ、と開けられた。そこからは、菱門が姿を現した。

「龍東さまのアクションが完了しました。臼場さん、来てください」

 その後、虎義と須梶、鳥栖栗が、二号室に移動した。菱門は、一号室に留まった。虎義が、ヴェサ・ローカルにいた頃、龍東から、「おれが設置者としてのアクションを行う時、警護員を同室させる件について、基本的には、異論はない」「だが、その後、あんたが挿入者としてのアクションを行う時、その警護員が同室していると、そいつが得た、おれのアクションに関する情報を、あんたに伝えるかもしれない」「だから、おれがアクションを行った時に同室していた警護員は、あんたがアクションを行う時は、同室させないようにしてくれ」というメールを受け取っていたためだ。

 虎義は、アクションエリアに入ると、白テーブルの南辺の前に立った。それの北辺の前には、嬰佐がいた。二人以外は、みな、オーディエンスエリアに留まっていた。

「それじゃあ、臼場くん、アクションを開始してちょうだい」

 嬰佐が、そう言って、白テーブルの上に置かれているタイマーのボタンを、ぽちっ、と押した。ディスプレイに表示されていた、「05:00」という値が、一秒ごとに、「04:59」「04:58」「04:57」と減っていった。

 虎義は、電源タップに視線を遣った。そのコンセント、三口のうち、一口には、アダプターが挿し込まれていた。形は直方体で、色は白、大きさは、電源タップの左右の端から、ぎりぎりはみ出さない程度だ。上面には、USBポートが一口、設けられていた。

(このポートに、USBコネクターを挿入することができた場合、「臼場が挿入者としてのアクションに成功した」と見なされる……すなわち、懸賞ポイントは、おれに進呈される。しかし、挿入することができなかった場合、「龍東が設置者としてのアクションに成功した」と見なされる……すなわち、懸賞ポイントは、やつに進呈されてしまう。なんとか、コネクター、挿入しないとな……。

 さて……いったい、コネクターを、どの向きにすれば、挿入することができるんだ? 表向きか、それとも、裏向きか?)

 そう胸内で呟きながら、虎義は、ポートに視線を遣った。そこには、蓋が設けられていた。ゴミの類いが内部に入り込むのを防ぐための物だ。

 蓋の真ん中には、左右に切れ込みが入っていた。内側に向かって、上下に開くようになっているのだ。ユーザーは──本来の目的でアダプターを使うカスタマーはもちろん、このギャンブルにおけるプレイヤーも含む──、ポートにコネクターを挿入する時、それの先端を、まず、蓋に押し当てる。次に、そのまま、蓋を突き破るような気持ちで、奥へと押し込む。その結果、蓋が押し開けられ、コネクターが、ポート内部の空間に進入する、というわけだ。

 蓋が設けられているせいで、とうぜん、外部からは、ポートの向きは、わからない。当たり前だが、コネクターを挿入する前に、指や、何らかの道具を使って、蓋を押し開け、ポートの向きを確認する、というような行為は、禁止されていた。

 また、アダプターの表面には、あちこちにガムテープが貼られていた。外装に記されている、ポートの向きを判断する材料となる情報を、覆い隠しているのだ。例えば、「側面Aには、製品名のロゴが描かれているが、反対の位置にある側面Bには、何も描かれていない」という場合、「側面Aのほうが手前、側面Bのほうが奥」ということは、容易に推理でき、ひいては、「ポートは、側面Aに近いほうが表、側面Bに近いほうが裏」ということも、容易に推理できる。

 ただし、外装に記されている情報は、すべて覆い隠されている、というわけではなかった。例えば、「側面Aに、製品名のロゴが描かれており、反対の位置にある側面Bにも、同じロゴが描かれている」という場合、そのロゴは、ポートの向きを判断する材料とはならないため、覆い隠されない。

(よく考えてから、挿入しないとな……まあ、まだ始まったばかりだ、時間は、それなりに残されている。……タイムオーバーには、くれぐれも注意しなければ……もし、やらかした場合、「挿入者としてのアクションに失敗した」と見なされてしまう)

 その後、虎義は、どの向きでコネクターを挿入すべきか、について、頭を搾った。しかし、どうにも、結論が出せなかった。

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