第08/23話 点検

 二号室の内部の様子は、基本的には、一号室と酷似していた。床の色。壁の色。天井の色。照明の外観。

 南壁には、この部屋と通路を隔てているに違いない扉が取りつけられていた。虎義の視線に気づいてか、嬰佐が、「言っておくけれど、あの扉は、施錠しているからね」と言った。

 床には、養生テープが一本、南壁から北壁まで、まっすぐに貼られていた。それと西壁の距離は、三メートル弱だ。

 北壁には、テープを左右から挟み込むようにして、パイプ椅子が二脚、置かれていた。それぞれの上には、小型のホワイトボードが載せられており、西側にある物には、「オーディエンスエリア」、東側にある物には、「アクションエリア」と書かれていた。

 テープの中央あたりから、東に二メートルほど離れた所には、白いテーブルが一台、置かれていた。その上には、紙箱が二個、電源タップが一個、タイマーが一台、スピーカーが一台、載せられていた。

「もう、いいわよね? そろそろ、一号室に戻りましょう」

 そう言って、嬰佐は、西壁の出入り口をくぐった。虎義たちも、その後に続いた。

 最後に入室した須梶が、扉を、ばたん、と閉め、がちゃり、と施錠した。嬰佐が、「それで、USBコネクター挿入競争の件なんだけれど」と言う。「ルールや進行手順は、臼場くんに送ってもらったメールのとおりで、いいのよね?」

「はい」虎義は、こくり、と顎を引いた。

 直後、「待った」と龍東が言ったので、そちらに視線を遣った。「そのメール、確認させてくれ。もしかしたら、臼場は、おれが考案したUSBコネクター挿入競争のルールや進行手順を、自分にとって有利なように改竄したうえで、あんたに伝えているかもしれない」

 嬰佐は、顔を、やや顰めた。「……正直に言って、龍東くんに、わたしのスマホを見せるの、嫌なんだけれど。そのメールの内容を提示するだけ、とはいえ」

「じゃあ、おれが、嬰佐さんに送ったメール、龍東に確認させます」

 虎義は、ズボンのポケットから、スマートフォンを取り出した。ケースの蓋を、ぱかっ、と開ける。

「それでいいだろ、龍東?」

 虎義は、龍東に近づいていった。スマートフォンを操作して、ロックを解除する。アプリを起動し、件のメールを表示した。

「ただし、あんたがメールの内容を確認しているところ、おれにも見せてもらうぞ。おれのスマホを勝手に操作することのないようにな」

 そう言うと、虎義は、スマートフォンを差し出した。龍東は、それを、半ばひったくるようにして受け取ると、メールを読み始めた。虎義は、ディスプレイに視線を遣り続けることで、龍東が勝手な操作を行わないように見張った。

「……問題なさそうだな」

 数分後、龍東は、そう言って、スマートフォンを差し出してきた。虎義は、それを受け取ると、ケースの蓋を、ぱたん、と閉じて、ズボンのポケットにしまった。

 嬰佐が、こほん、と軽く咳払いをしてから、「それじゃあ、龍東くんも納得したことだし、そろそろ、話を再開するわね」と言った。「ええと……ギャンブルをスタートさせる前に、いろいろ、調べることがあるのよね?」

「ああ」龍東は首肯した。「勝負に使用される道具や、二号室の内部について、イカサマの類いがセットされていないかどうか、点検させてもらう。目印が付けられていないか、とか、隠しカメラが設置されていないか、とか。

 別に、あんたたちが臼場たちによる不正行為を補助している、と言っているわけじゃない。だが、もしかしたら、あんたたちが、USBコネクター挿入競争の準備を行っている間、臼場たちが、こっそり、店に侵入して、ギャンブルの主な舞台である二号室に、何か、仕込んだかもしれないからな。念のため、その可能性を、排除しておきたい」

「そんなこと、していないんだがな……」虎義は肩を竦めた。

「わかったわ。じゃあ、さっそく、調べてもらうわね。二号室に来てちょうだい」

 その後、嬰佐と龍東、利根井、菱門、鳥栖栗が、二号室に入った。それから十数分が経過したところで、龍東と利根井、菱門、鳥栖栗が、一号室に戻ってきた。

「終わったぞ。次は、臼場たちの番だ。ええと、その間、おれたちは、ボディチェックを受けるんだったな……」

「はい」菱門は首を縦に振った。「危険物の類いを所持されていないかどうか、確認させていただきます。龍東さまのチェックは、三号室にて、わたしが、利根井さまのチェックは、四号室にて、鳥栖栗が行います。ご協力、よろしくお願いします」

「わかった、わかった」龍東は、鬱陶しそうに、数回、首を縦に振った。

 その後、龍東と利根井、菱門、鳥栖栗は、一号室を出て行った。虎義は、瑠子とともに、二号室に入った。

「それじゃあ、瑠子、お前は、部屋を調べてくれ。おれは、道具を調べるから」

「承知しました」瑠子は頷いた。

 虎義は、彼女と別れると、白テーブルの南辺の前に立った。「さて……」と呟いて、その上に視線を遣る。

 白テーブルの左側には、電源タップが一個、置かれていた。細長い直方体の上面に、コンセントが三口、縦に並んだ状態で、設けられている。直方体の幅は、コンセントの幅と、ほとんど同じだった。

 電源タップの右横には、小型スピーカーが一台、置かれていた。それは、一辺が四センチ強の立方体の形をしていた。

 白テーブルの右上あたりには、タイマーが一台、置かれていた。それは、直方体の形をしており、とてもシンプルなデザインだった。

 白テーブルの右側には、紙箱が二個、置かれていた。どちらも、直方体の形をしており、蓋はなかった。左に位置している物の前面には、サインペンで「C」と書かれており、中には、数十本ものケーブルが収められていた。右に位置している物の前面には、サインペンで「A」と書かれており、中には、数十個ものアダプターが収められていた。

 虎義は、A箱に入っているアダプターや、C箱に入っているケーブルについて、調査を開始した。さまざまな角度から眺めてみたり、表面を軽く撫でてみたりした。

 十数分が経過したところで、瑠子を呼んだ。「おれのほうは、特に、問題はなかったぞ」と言う。「例の件も、大丈夫だった。そっちは、どうだった、瑠子?」

「わたしのほうも、特に、不審な点はありませんでした」

「そうか、ありがとう」虎義は、顔を、嬰佐に向けた。「調査が完了しました。特に、問題ありません。ギャンブルを始めましょう」

「わかったわ」彼女は顎を引いた。

 その後、虎義たちは、一号室に戻った。すでに、部屋には、龍東や須梶、菱門、鳥栖栗がいた。利根井の姿だけが、見当たらない。

(トイレにでも行っているのか? ……まあ、実際に対決するのは、おれと龍東だから、やつは、いてもいなくても、別に、関係ないが……)

 菱門が、瑠子に近づいて、「お嬢さま」と話しかけた。「龍東さまと利根井さまのボディチェック、完了しています。特に、問題ありませんでした」

「ありがとうございます」

 そう言って、瑠子は、ぺこ、と頭を下げた。その後、虎義に視線を向けてくる。

「虎義さん、それでは、わたしは、席を外しますね」

「ああ」虎義は、こくり、と首肯した。「頼──わかった」

 その後、瑠子は、一号室を出て行った。部屋にいるのは、虎義と龍東、嬰佐、須梶、菱門、鳥栖栗の六人だけになった。

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