第07/23話 案内

 十五分ほどで、目当ての店舗が見えてきた。一階建てで、広さは、一般的なコンビニ四軒分くらいだ。玄関の扉には、「定休日」と書かれたプレートが掲げられていた。

 虎義は、扉を押し開け、中に入った。そこからは、フロアの奥に向かって、左右に陳列棚やワゴンを配置することにより形成されている通路が、まっすぐに伸びていた。

 それの途中、玄関から数メートル進んだあたりで、男性が一人、床にしゃがみ込んでいた。虎義から見て左にある陳列棚に対し、何らかの作業を行っている。胸部に、「すかじ」「須梶」と書かれた名札を付けていた。

 須梶は、この店に勤めているアルバイトだ。虎義たちは、彼とも、嬰佐ほどではないが、親しい関係を築いていた。

 須梶は、扉が開けられた時に鳴った、ちりんちりん、という音に気づいて、虎義たちに視線を向けてきた。「臼場くんたちか」立ち上がり、軽く伸びをした。「嬰佐さんから、話は聴いているよ。ギャンブルの件だよね?」

 彼は、短い金髪を、ツーブロックに整えていた。瞳は黒く、目つきからは、爽やかな印象を受ける。身長は、虎義と同じくらいだった。薄い緑色の半袖シャツを着て、濃い緑色の長ズボンを穿き、青いエプロンを羽織っていた。

「はい、そうです」虎義は、こくり、と顎を引いた。

「それじゃあ、嬰佐さんを呼んでくるね」

 そう言うと、須梶は、その場を離れ、すたすた、といずこかへ歩いていった。虎義は、嬰佐たちが来るのを待つ間、なんとなく、店内を見回していた。電子レンジやアイロンといった、一般の家電機器はもちろんのこと、ミニコンポや精米機といった、特殊な家電機器、ラジオペンチやドライバーといった、電子工作の道具、トランプや将棋盤といった、アナログゲームまで売られていた。

 しばらくしてから、ちりんちりん、という音が背後から聞こえてきた。そちらに、視線を遣る。龍東と利根井が、店に入ってきていた。

 龍東は、菱門と鳥栖栗に気づくと、「あんたたちが、貞暮が呼ぶって言っていた、警護員か」と言った。

 菱門は、「そうです」とだけ答えた。

「ふうん……」

 龍東は、菱門たちの全身を、じろじろ、と眺めだした。そして、数秒後、二人から視線を外すと、手持ち無沙汰な様子で、店内を見回し始めた。彼らを挑発するようなことは、しなかった。

(不機嫌そうな顔をしているな……たぶん、菱門さんたちの能力の高さを、悟ったんだろう。「もし、警護員たちが低能なら、ギャンブルで負けた場合、むりやり、スタンダード・ハンドレットを奪ってやろう」とでも考えていたに違いない……)

「ごめんなさい、待たせたわね」

 そんな声が、前方から聞こえてきた。そちらに、視線を遣る。

 嬰佐が、虎義たちのいる玄関に向かって、歩いてきていた。その後ろには、須梶もいた。

 彼女は、肩に届くくらいの金髪を、ボブカットに整えていた。頭には、黄色いカチューシャを装着している。瞳は青く、目つきからは、気の強そうな印象を受ける。身長は、虎義より一頭身ほど低く、胸は、同年代の平均より一回りほど大きかった。薄い黄色のノースリーブブラウスを着て、濃い黄色のショートパンツを穿き、青いエプロンを羽織っていた。

 嬰佐は、玄関に近づいてきてから、言った。「臼場くんと、貞暮ちゃんね」虎義と瑠子の後方に、視線を遣った。「それで、ええと……そちらの方たちは?」

 瑠子が、「あっ、まず、わたしのほうから紹介します」と言った。「こちらが、菱門さんと、鳥栖栗さん」右手で二人を指した。「わたしたちを警護していただきます。……そして、こちらが……」右手を、遠慮がちに、龍東たちに向けた。

 龍東は、せせら笑いを顔に浮かべながら、「おれが、龍東だ。臼場の対戦相手だよ」と言った。「こいつは、利根井」右手で利根井を指した。

「龍東くんと、利根井ちゃんね」嬰佐は、うんうん、と首を縦に振った。

「電話でも伝えましたが」虎義が言う。「おれたちと、龍東たちは、決して、友人ではありません。むしろ、とても仲が悪いです。今回、おれが、龍東と、スタンダード・ハンドレッドを賭けて、ギャンブルで対決することだって、おれの本意ではありません。なので、もしかしたら、勝負の途中、龍東と──菱門さんたちもいますし、さすがに、暴力沙汰には発展しないとは思いますが──口喧嘩くらいならするかもしれませんが、別に、予想外のことではないので、気にしないでくださいね」

「わかったわ。じゃあ、さっそくだけど、本題に入りましょう。まずは、臼場くん、コンパティブル・アンクレットとエクステンション・ブレスレット、出してちょうだい」

 そう言われて、虎義は、紙袋を嬰佐に渡した。彼女は、その中から、コンパティブル・アンクレットやエクステンション・ブレスレットを取り出すと、満足そうに眺めてから、再び入れた。

「じゃあ、次、龍東くん。あなたが賭けるって言う、例のカード、出してちょうだい」

「ああ。利根井、カードを」

 そう龍東に言われて、利根井は、背負っていたリュックサックを下ろした。その中から、例のケースを取り出して、嬰佐に渡す。

 嬰佐は、それを受け取ると、ぱかっ、と蓋を開いた。その時、ちゃんと、内部にドロップ・マルチのカードが収納されていることが、虎義の目にも見えた。

「たしかに、受け取ったわ」嬰佐は、蓋を、ぱたん、と閉じた。「須梶くん、これ、全部、事務室の金庫に入れておいてちょうだい。ちゃんと、施錠しておいてね」

 嬰佐は、須梶に、紙袋とケースを渡した。彼は、それらを受け取った後、この場を離れた。

「それじゃあ、ギャンブル会場に行きましょうか。ついてきてちょうだい」

 そう言った後、嬰佐は、すたすた、とフロアを移動し始めた。虎義たちは、彼女の後に続いて、歩いていった。

 その途中、彼らは、由丹尾ゆにおという男性アルバイトとすれ違った。レコスタ電商は、嬰佐と須梶、由丹尾の三人で切り盛りされているのだ。彼は、カウンターの中にいて、レジスターに対し、何らかの操作を行っていた。

 しばらくしてから、虎義たちは、「関係者以外立入禁止」と書かれた扉が設けられている出入り口をくぐった。その後も、さらに進んでいくと、やがて、西から東へと伸びている通路に入った。

 通路の北壁には、扉が四枚、設けられていた。それぞれの左横には、プレートが取りつけられており、それらには、手前から順に、「防音室1」「防音室2」「防音室3」「防音室4」と書かれていた。

「この建物は、もともと、音楽スタジオとして使われていたの。これらの部屋は、その頃の名残よ。もっとも、今は、すっかり持て余していて、どれも、ぜんぜん使っていないんだけれどね。あっ、言っておくけれど、勝負の準備をしている間、四部屋とも、軽く掃除しておいたから、衛生的な心配は要らないわよ。

 今回のギャンブルで使うのは、一号室と二号室。まずは、一号室を見てもらうわね」

 そう言うと、嬰佐は、その部屋の扉を、がちゃり、と開け、中に入った。虎義たちも、彼女の後に続いた。

 広さは、二十畳ほど。絨毯や壁紙といった内装は、いっさい施されていない。床では、薄い灰色をした下地材が、壁では、濃い灰色をした下地材が、天井では、ほとんど黒に近い灰色をした下地材が、剥き出しとなっている。天井の中央には、とても簡素な見た目をした照明が取りつけられていた。

 家具の類いも、ほとんど置かれていなかった。北壁の中央に、茶色のテーブルが一台、セットされているだけた。その上には、空の茶碗が一個、空の紙箱が一個、サイコロが三個、電源の入っていないディスプレイが一台、載せられていた。

「次は、二号室ね」

 そう言うと、嬰佐は、すたすた、と部屋の東壁に向かって歩いていった。それの中央には、扉が取りつけられていた。

「一・二号室を隔てる壁には、出入り口が設けられていて、通路に出なくても、直接、部屋を行き来できるようになっているのよ」

 そう言いながら、嬰佐は、目当ての扉を、がちゃり、と開けて、中に入った。虎義たちも、彼女の後に続いた。

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