第06/23話 準備

「なるほどです」そう言ってから、瑠子は、非常に小さくした声で、喋り始めた。「それで、虎義さん……こういうのは、どうでしょうか? もし、嬰佐さんが、ギャンブルの審判員を引き受けてくださった場合、追加で、他にも、いろいろと頼み事をする、というのは。例えば……これは、勝負内容にもよりますが、虎義さんにとって有利な審判を行ってください、とか……もし、虎義さんが負けた場合でも、難癖をつけるなり何なりして、龍東にスタンダード・ハンドレッドを渡さないでください、とか」

 虎義は、ふるふる、と首を横に振った。「おれも、似たようなことを考えたが……それは、やめておこう。

 そういうことをしてもらうとなると、嬰佐さん、龍東に憎まれるかもしれないだろう? おれが負けた場合でも、龍東にスタンダード・ハンドレッドを渡さないでもらう、ということとか……おれにとって有利な審判を行ってもらう、ということも、龍東にばれない、とは限らない」

 喋りながら、虎義は、スマートフォンのロックを解除した。メールアプリを起動する。

「そうなったら、最悪のケースとして、龍東は、ギャンブルの最中、あるいは明日以降にでも、嬰佐さんに危害を加えるかもしれない……いくらなんでも、そんなリスクを負わせるのは、申し訳ない。あの人には、『公平な審判を行ってください』『もし、おれが負けた場合は、遠慮は要りません、スタンダード・ハンドレッドを龍東に渡してください』と言っておくつもりだ」

 その後、虎義は、龍東を宛先とするメールを作成し始めた。二人の頼んだ料理が運ばれてきたところで、完成したので、送信する。

 メールには、以下のような内容を書いた。「審判員は、嬰佐さんに頼むつもりだが、それでいいか?」「ちなみに、あんたたちは、嬰佐さんとは、面識はあるのか?」

 その後、昼食をとっている間に、龍東からメールが送られてきた。途中、トイレに行った時に確認したところ、それには、以下のような内容が書かれていた。「審判員の件、OKだ」「おれは、レコスタ電商を、よく利用しているが、あくまで、ただの客として、だ」「嬰佐と個人的に親しい、というわけでは、まったくない」

 その後、虎義が昼食を終えたところで、再び、龍東からメールが送られてきた。それの前半部には、以下のような内容が書かれていた。「どんな勝負を行うか、を決めた」「勝負は、『USBコネクター挿入競争』だ」「おれが、今、即興的に考案したものだ」後半部には、ゲームの進行手順やルール、使用する道具などについて、詳しく述べられていた。

 虎義は、スマートフォンを操作しながら、「瑠子、頼みがある」と言った。

 瑠子は、口を、もぐもぐ、と動かしながら、返事をした。「何でしょう?」彼女はウルトラビッグモンブランを追加注文していた。

 虎義は、龍東から送られてきたメールの内容を、簡単に説明した。「──それで、このメール、お前のスマホに転送するから、やつが提案してきた勝負の内容に、何か、不審な点、不自然な点はないか、確認してくれないか? 例えば、実は、龍東がアドバンテージを得られるようになっている、とか、そういう感じの。

 もちろん、おれも確認するが……せっかくだし、二人でチェックしたほうが、いいだろう」

「わかりました」瑠子は、こくり、と首肯した。「あ、店員さん、すみません、この、ハイパービッグパンケーキを──」

 その後、虎義は、龍東から送られてきたメールを、瑠子のアドレスに転送した。それからは、そのメールに書かれている、USBコネクター挿入競争の内容を熟読し始めた。

 数十分後、彼は、「まあ……基本的には、問題なさそうだな」と呟いた。「龍東のことだから、やつが、何かしらのアドバンテージを得られるような、そんな勝負なんじゃないか、と警戒していたが……意外だな。このゲームなら、公平、とまでは言いきれないかもしれないが……どちらかにとって有利、ということは、なさそうだ。少なくとも、おれにとって有利、ということは、ないし。

 だが、いくつか、変更したい点があるな……それについては、龍東に、要求しておこう。

 瑠子、お前は、どう思う?」

 瑠子は、口を、もぐもぐ、と動かしながら、首を縦に振った。「ははひほひへほ、ほうふほはいほうひふいへ、ほふひ、ひほんははひはへん」彼女はクレイジービッグアイスクリームを追加注文していた。

「そうか、お前としても、勝負の内容について、特に、異論はないか。よし……」

 そう呟くと、虎義は、龍東を宛先とするメールを作成し、送信した。それには、「『USBコネクター挿入競争』の内容について、基本的には、問題ない」という旨や、「だが、いくつか、変更してほしい点がある」という旨、要求の具体的な中身を書いた。

 虎義は、それから、その変更要求の件について、龍東とメールを交わした。龍東は、基本的に、難色を示していたが、虎義が、「おれの要求が受け入れられない、って言うんなら、この勝負、キャンセルしてやってもいいんだぞ」「スタンダード・ハンドレッドは、おれの物だ」と強気に言うことで、むりやり、承諾させた。

 しばらくして、USBコネクター挿入競争の、最終的な内容が確定した。その後、虎義は、店外に出てから、嬰佐に電話をかけた。さいわいにも、彼女は、すぐに応答してくれた。

 さっそく、虎義は、ひととおり事情を説明し、勝負の審判員を務めてもらえないか、と頼んだ。嬰佐は、最初、明らかに困惑しており、迷惑そうにもしていたが、「お礼に、エクステンション・ブレスレットを渡しますから」と言うと、即座に承諾してくれた。

 彼は、通話を終えると、店内に戻った。席につくと、スマートフォンを操作する。龍東から送られてきた、USBコネクター挿入競争の内容が詳述されているメールを、嬰佐のアドレスに転送した。

 その後、虎義は、勝負に備えて、さまざまな行動をとった。スマートフォンのインターネットブラウザーアプリを使って、勝負に役立ちそうな情報を、片っ端から得ていったり、瑠子と、勝負において実行する作戦について、打ち合わせたりした。

 電話を終えてから二時間ほどが経過したところで、スマートフォンを操作している瑠子が、「虎義さん、父から、連絡が来ました」と言った。「さきほど、警護員たちが乗った車が、隘通阯の駐車場に到着したそうです」

「そうか……なんとか、スタートに間に合ったな。よかった。当たり前だが、彼らには、ギャンブルの、できるだけ早い段階からいてもらったほうが、いいからな……」

 虎義は、ふう、と軽く安堵の息を吐いた。彼も、スマートフォンを操作していた。

「USBコネクター挿入競争は、もしかしたら、開始から数十分と経たないうちに、決着がつくかもしれないし……そうでなくても、勝負の途中、龍東が負けそうになった場合、おれたちや嬰佐さんたちに危害を加えて、むりやり、スタンダード・ハンドレッドを奪おうとするかもしれないし。

 ……ちなみに、どんな人たちなんだ? 人数は?」

「なにしろ、急なお願いでしたので、派遣してもらえたのは、二人だけでした。菱門ひしかどという男性と、鳥栖栗とすくりという女性です。

 ただ、この二人は、会社に所属している警護員の中でも、最高峰の実力を持つ方たちですから、龍東さんたちの脅威からは、じゅうぶん、守っていただけます」

「そうか……そりゃあ、よかった」

 そう言ったところで、虎義のスマートフォンに、嬰佐からメールが送られてきた。アプリを起動し、それの内容を確認する。

 虎義は、スマートフォンのディスプレイに視線を遣りながら、「瑠子。たった今、嬰佐さんから、連絡が来た」と言った。「勝負の準備、完了したってよ」

 瑠子は、開いているメニューのデザート欄から視線を外し、顔を上げた。「そうですか。わかりました」メニューを、ぱたん、と閉じて、元の場所に戻した。「わたしは、もう、いつでも、レコスタ電商に行けますが……虎義さんは、どうです? 何か、やり残したこと、今のうちに調べておきたいことは、ないですか?

 ええと……今、何時です?」

「午後四時二十分だ」

「ありがとうございます。ということは……タイムリミットは、午後五時ですから、勝負開始は、あと、四十分、遅らせることができますね」

「いや、大丈夫だ」虎義は、ゆるゆる、と首を左右に振った。「もう、準備も覚悟も、済ませている。レコスタ電商に行くとしよう」

 そう言うと、彼は、スマートフォンを操作し始めた。龍東を宛先とするメールを作成し、送信する。それには、以下のような内容を書いた。「嬰佐さんに、ギャンブルの審判員を務めてもらうことを、承諾してもらった」「さっき、嬰佐さんから、各種の準備が完了した、という連絡が来た」「レコスタ電商に行って、勝負を開始しよう」「現地集合、ということで」

 その後、虎義たちは、代金の支払いを済ませ、ヴェサ・ローカルを出た。菱門たちと合流するため、道の駅に向かう。

 二人は、車道に沿うようにして設けられている歩道を、進んでいった。しばらくすると、隘通阯の駐車場が見えてきた。

「あ、あの人たち──あの黒いセダンの前に立っている二人が、菱門さんと鳥栖栗さんです」

 瑠子が、そう言って、駐車場の一角を指した。虎義は、そちらに視線を遣った。

 黒いセダンの前、向かって右側に、菱門と思しき男性が立っていた。彼は、短い黒髪を、オールバックに整えていた。瞳は黒く、目つきからは、落ち着いた印象を受ける。身長は、虎義より一頭身ほど高かった。

 向かって左側には、鳥栖栗と思しき女性が立っていた。彼女は、肩に届くくらいの黒髪を、黒い紐を使って、ポニーテールに纏めていた。瞳は黒く、目つきからは、野性的な印象を受ける。身長は、虎義よりやや高く、胸は、同年代の平均より一回りほど大きかった。

 二人とも、白いワイシャツを着て、黒いスラックスを穿いていた。さらには、黒い長袖ジャケットを羽織り、紺色のネクタイを締めていた。いわゆる、スーツ姿だ。

 菱門は、虎義たちに気づくと、鳥栖栗を伴い、近づいてきた。「お嬢さま。このたびは、われわれが、警護を担当いたします」と言う。

 瑠子は、ぺこり、と頭を下げた。「よろしくお願いします」頭を上げ、虎義を指した。「こちらは、臼場虎義さん。わたしが所属している部活、ロボット研究会の部長で──」

 その後、虎義は、菱門たちと自己紹介を交わすと、今回の警護について、詳細な事情を説明した。

「なるほどです、承知しました」菱門は、うんうん、と頷いた。「ご安心ください。わたしたちがいるからには、龍東とやらには、いっさい、加害行為をさせません」

 その後、虎義たち四人は、隘通阯を出た。レコスタ電商に向かう。

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