第05/23話 交渉
虎義は、頭を上げると、龍東のほうを見て、「で……どうだ?」と言った。「おれとあんたが、ギャンブルで対決する、という案……おれは、それでもかまわないが、あんたは、どうなんだ?」
「もちろん、おれもOKだ。助かるよ。これで、スタンダード・ハンドレッドを入手する機会を得られたんだからな……」
そう言いながら、龍東は、ケースに、ドロップ・マルチのカードをしまって、利根井に渡した。彼女は、それをリュックサックに入れた。
「じゃあ、さっそく、おれと臼場とのギャンブル対決について、具体的な中身を決めようじゃないか。勝負内容とか、日時とか、場所とか……」
「ちょっと待て」そう虎義が言ったので、龍東は、彼に視線を向けてきた。「日時と場所については、おれに決めさせてもらおう。日時は、今日じゅう。場所は、レコスタ電商だ。
以前、嬰佐さんと雑談を交わした時、彼女は、『店のバックヤードには、使われていない部屋が、いくつかある』というようなことを言っていた。それらの部屋のうち、一室を借りて、ギャンブル対決を行わせてもらうことにしよう。
日を改めるとなると、あんたたちに、いろいろと工作されてしまうかもしれないからな。イカサマの用意をするとか、何かしらのネタを掴んで、おれを、わざと負けるよう、脅迫するとか。極端な話、今日からギャンブル当日までの間に、店に侵入し、スタンダード・ハンドレッドを盗み出す可能性だって、ある。
だから、勝負は、今日じゅうに、レコスタ電商で行うことにさせてもらう。この点については、譲るつもりはない。
嫌だと言うなら、この、ギャンブル対決の話自体、なかったことにさせてもらうよ。おれは、嬰佐さんから、スタンダード・ハンドレッドを受け取るから、あんたは、ドロップ・マルチのカード、好きにしてくれ」
「はいはい、わかったよ。日時と場所は、あんたの言うとおりで、かまわない」
「……いちおう、釘を刺しておくが、もし、あんたがギャンブルに負けた場合、その後で、おれたちから、むりやり、スタンダード・ハンドレッドを奪っても、無意味だからな。あんたも知っているだろうが、スタンダード・ハンドレッドには、セキュリティシステムの一環として、パスワードロック機能が搭載されている。それを利用すれば、保存されているデータを編集する時、そのユーザーに対して、パスワードの入力を要求することができる。
もし、おれがギャンブルに勝った場合、おれは、すぐに、嬰佐さんからパソコンを借りて、そのロックを設定する。その後に、あんたが、スタンダード・ハンドレッドを奪っても、中のデータには、いっさい手が出せない、ってわけだ」
「わかった、わかった」
「……虎義さんの話を聴いていて、思いついたのですが」そう瑠子が言ったので、虎義は、彼女に視線を遣った。「もし、あなたがギャンブルに負けた場合、その後、虎義さんがロックを設定するまでの間に、スタンダード・ハンドレッドを奪う、ということも、できないようにしておきますからね。わたしの父は、警備会社を運営しています。後で、父に連絡して、会社から、警護員たちを派遣してもらいますから」
「信用されてねえなあ」龍東は、げひひ、と笑った。「こう見えて、おれ、潔いんだがねえ」
虎義は、彼の顔面に、痰でも吐きかけてやりたくなった。
「じゃあ、次に、どんな勝負を行うか、を決めようじゃねえか」
龍東は、一転して真面目な調子の声で言った。もっとも、顔には、まだ、薄ら笑いが貼りついている。
「何にする? いろいろあるよな、ポーカーとか、麻雀とか、花札とか……」
「別に、そういう、本格的なギャンブルでなくてもいいんじゃない?」欠伸を終えたばかりの利根井が言った。「要は、勝敗が決まればいいんでしょ。将棋とか、ジャンケンとか、格闘ゲームとか……」
「その前に、決めておくべきことがあります」そう瑠子が言った。「誰に審判員を務めてもらうか、です。当たり前ですが、わたしたち四人のうちの誰かが審判員を担当する、というわけにはいきません。それでは、公平な審判が行われません」
「審判員、ねえ……」虎義は、腕を組むと、ううん、と軽く唸って、考えを巡らせ始めた。
数秒後、龍東が、「そうだ、審判員を務めてくれそうなところに、心当たりがある」と言ったので、彼に視線を遣った。「ボーン・ウィッシュ、っていう名前のクラブなんだがね。その店は、プレイヤーたちがギャンブルで対決する場を提供していて──」
「駄目です」瑠子は、ぴしゃり、と言った。「あなたの紹介する人物や団体なんて、信用できません。もしかしたら、あなたと結託して、あなたにとって有利な審判を行うかもしれないじゃないですか。審判員は、わたしたちが手配します」
「同じことは、あんたたちにだって、言えるだろう?」龍東は、ぎろり、と彼女を睨みつけた。「審判員に依頼して、臼場にとって有利な審判を行わせる、ということが、じゅうぶん考えられるじゃないか」
「たしかに、その疑惑は、完全には払拭できません。しかし、あなたたちに審判員を手配してもらうよりは、はるかにマシでしょう?」瑠子は、怯むことなく、じろっ、と龍東を見返した。「なにしろ、あなたたちは、すでに、スリの類いを雇って虎義さんから財布を盗む、というような、社会良識に反する行動をとっていますからね。そんな人に、審判員の選定を委ねるほど、わたしは愚かではありません。
その代わり、どんな勝負を行うか、については、あなたたちが決めてください。そうすれば、わたしたちの呼んだ審判員が、虎義さんにとって有利な審判を行う、というようなことは、勝負の内容次第で、じゅうぶん防げるでしょう?」
龍東は、十数秒間、沈黙してから、「わかった、そうしよう」と言った。「誰に審判員を務めてもらうか、については、あんたたちに任せよう。その代わり、どんな勝負を行うか、については、おれたちに決めさせてもらおう」
その直後、車内に設置されているスピーカーから、「次は、火鉄条、火鉄条です」という音声が流れた。
「もう、火鉄条か」龍東は、一瞬だけ、バスの進行方向に目を向けた。「……そう言えば、停留所の近くには、
利根井が、「たしか、『ヴェサ・ローカル』っていう店と、『コア・コネクト』っていう店だったよ」と助け舟を出した。
「そうだった、そうだった」そう言うと、龍東は、視線を虎義に向けてきた。「どうだろう、火鉄条に着いた後は、お互い、隘通阯にある、別々のカフェに入って、そこで、誰に審判員を務めてもらうか、や、どんな勝負を行うか、について考える、というのは?」
「……そうだな。それがいいだろう」虎義は首を縦に振った。
「連絡は、メールで取り合うことにしよう」龍東が言う。「おれは、どんな勝負を行うか、を決めたら、その内容を、臼場に送るから、臼場も、誰に審判員を務めてもらうか、を決めたら、その内容を、おれに送ってくれ。後で、あんたのスマホに、メールを送っておくから、そのアドレスにな」
(心理的な抵抗があるな……こいつのスマホに、メールを送るだなんて……)
そう心中で呟いたが、けっきょく、拒まなかった。口振りからして、龍東は、すでに、虎義のメールアドレスを知っている。ならば、いまさら、龍東のアドレスにメールを送信したところで、何らかの個人情報を新たに得られてしまう、ということはないだろう。
虎義は、ズボンのポケットから、スマートホンを取り出した。ケースの蓋を、ぱかっ、と開けて、ディスプレイを明るくする。そこには、現在時刻として、午前十一時四十九分、という値が表示されていた。
それを確認すると、彼は、ケースの蓋を、ぱたん、と閉めた。端末を元の場所に戻しながら、「後で揉めないように、あらかじめ、タイムリミットを定めさせてもらおうか」と言う。「そうだな……まあ、五時間もあれば、考えが纏まるだろう。
つまり……午後五時だ。午後五時までに、誰に審判員を務めてもらうか、や、どんな勝負を行うか、について、お互いに合意を得られなかったら、ギャンブル対決は、中止させてもらう。
……いちおう、言っておくが、おれは、わざとタイムリミットを迎えて、ギャンブル対決を中止させる、というようなことをするつもりは、ないからな。おれだって、可能な限り、ドロップ・マルチのカード、取り戻したいんだ。あんたが、どうかは、知らないがな」
「おれだって、あんたと同じ思いだぜ」龍東は、くく、と低い声で笑った。
しばらくすると、車両は、火鉄条の停留所に到着した。四人は、荷物を持って、バスを降りると、隘通阯に入った。それから、龍東と利根井は、コア・コネクトに、虎義と瑠子は、ヴェサ・ローカルに向かった。
数分後、カフェに着いた虎義たちは、入店すると、四人掛けのテーブル席についた。ショルダーバッグや紙袋、トートバッグは、空いた席に置いた。
ちょうど、腹が減っていたので、昼食をとることにした。虎義は煮魚定食を、瑠子はスーパービッグハンバーグ定食を注文した。
料理が運ばれてくるのを待っている間、瑠子が、「それで、ああは言いましたが……」と喋り始めた。「どうしましょう? ギャンブルの審判員、誰に務めてもらいますか? そのような、けっこう、いや、かなり面倒な役目を引き受けてくれる方、いるでしょうか……」
「それなら、すでに、心当たりがある」そう虎義が言うと、彼女は、驚いたような表情になった。「嬰佐さんだ。あの人に頼めばいい。龍東としても、審判員が嬰佐さんなら、納得してくれるはずだ」
そう言ったところで、虎義のズボンのポケットから、しゅぴーん、という電子音が聞こえてきた。彼の所有するスマートホンが、メールを受信した時、スピーカーから発する音だ。
「おれは、今回、嬰佐さんに言われたコンパティブル・アンクレットだけじゃなく、エクステンション・ブレスレットも持ってきている。エクステンション・ブレスレットを渡すかわりに、ギャンブルの審判員を務めるよう、頼むつもりだ」
虎義は、そう言いながら、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。ケースの蓋を、ぱかっ、と開けて、ディスプレイを明るくする。そこに表示されている通知の内容によると、龍東からのメールだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます