第02/23話 朗報
「……虎義さんこそ、その技術展、行かれないのですか?」
「そうだなあ。さっき、瑠子に言われて、チラシの内容を思い出したんだが……記載されていた内容に、大して関心がなくてね。
もし、プログラミングを主題として扱っているような展示物があったなら、興味が湧いたかもしれないけれどな、プログラミング愛好者として。まあ、おれは、画像処理の分野は、あまり詳しくないんだが……。中学三年の夏休み中に参加した、全国大会の決勝戦で、そんな感じの課題にチャレンジしたのが、最後の経験だな」
「そうなのですか……。そう言えば、虎義さん、以前、その大会について、思い出を話してくれましたね。途中、何度か、ピンチに陥りはしたものの、なんとか、優勝されたのでしょう?」
「ああ」虎義は、こくり、と顎を引いた。「まあ、その大会に出場したのは、それが最後だけれどな。
その頃は、プログラムだけではなく、それを通じて、何か、物理的な形を持つ物を制作したい、と思うようになっていてね。それで、高校に入った後、ロボット研究会という部活を見つけたから、入ってみた、というわけだ。
その時は、まだ、部員は、おれ以外にも、三年生が三人、いたんだが……今や、おれと瑠子、二人だけになってしまったな」
「あまり、人気がないんですよね。わたしたちの高校は、野球部やサッカー部といった、体育会系の部活が、いわゆる強豪として、かなり有名ですから。新入生たちも、そのような部活を目当てにしている方が、ほとんどですし、学校としても、どちらかと言えば、そのような部活のほうを、積極的に支援していますし……」瑠子は、ふっ、と、半ば諦観のような笑みを浮かべた。「昔は、わたしたちの高校のロボット研究会は、それなりに規模が大きくて、いろいろな大会やコンテストにチャレンジしては、好成績を修めていたそうです。その歴史を絶やさないためにも、来年の春には、できるだけ多くの新入生たちに入ってもらわないといけませんね。
……まあ、とりあえず、直近の目標として、ロボット・バーリトゥードで、いい結果を残しましょう。そうすれば、人気や知名度が上がって、来年の春と言わず、今からでも、入部希望者が現れるかもしれません」
「そのとおりだな」虎義は、うんうん、と頷いた。「それに、おれと瑠子の二人だけで、各種のロボットの制作とかメンテナンスとかを行う、っていうのも、かなり大変だしな。まあ、おれが担当している、プログラミング作業のほうは、一人でも、なんとかこなせているが……瑠子が担当している、電子工作作業のほうは、苦労するだろう?」
「そうですねえ……」瑠子は、数秒間、沈黙した。「いっそのこと、まったくの素人でもかまいませんから、欲しいですね、人手。もちろん、高度な技術を要する作業は、多いですが、そうではない作業、つまり、基本的な知識さえあればこなせる作業も、それなりに存在しますので……そういうタスクは、わたし以外の人に振ってしまいたいです」
「そうか……やっぱり、そうだよな、一人じゃ大変だよな。いくら、とても高い電子工作スキルを有している、とはいえ……」
「まあ、わたしは、虎義さんとは違って、何かの賞をとったとか、何かの大会で好成績を修めたとか、そういう経験は、ぜんぜんありませんが……」
「いやいや、謙遜するなよ。瑠子が各種のイベントに参加する時に称していた個人サークルは、昔から、かなり有名だったじゃないか。とても技術性の高い制作物を発表するサークル、として……おれだって、名前だけは耳にしたことがあった」
瑠子は、ふふ、と照れ臭そうに微笑んだ。「ありがとうございます」
そんな雑談を交わしている間に、スーパーから出た。敷地の出入り口に向かって、歩き始める。
「──というわけで、おれは、高校からは、眼鏡ではなく、コンタクトを使用することにしたんだ」
「なるほど……そうだったのですね」瑠子は、うんうん、と首肯した。「まさか、『能登半島名物・財布爆発神無月祭』が原因だったとは。……あ、財布と言えば」彼女は、わずかに心配そうな表情になった。「虎義さん、一週間ほど前、財布を落としてしまった、って仰っていましたよね? どうですか、それ、見つかりましたか?」
「いや……」虎義は、眉間に、やや皺を寄せると、ゆらゆら、と首を左右に振った。「今も、紛失したままだ。まったく、とんだ災難だよ……。
自宅を出る前は、確かに、ズボンのポケットの中に入れていたんだ。その後、
まったく、あの日は、厄日ってやつだったよ。財布を紛失するわ、コンビニ強盗に出くわすわ、ヒグマに追いかけられるわ……いちばん嫌だったのは、あれだな。牟点弐駅に着く前、外を歩いている最中に、けばけばしい格好のおばさんに衝突されたせいで、化粧品っぽい粉末が服に付いたことだな」
「そうですか……」
瑠子は、非常に残念そうな表情になった。まるで彼女のほうが当事者であるようで、虎義は、思わず苦笑した。
「ま、すでに、気持ちの整理は、ほとんどついているよ。財布自体には、特に思い入れはないし、中の金は、小銭ばかりだったし。
ただ……一個だけ、諦めきれないというか……できれば取り戻したい物があるんだよなあ……」口から、はああああ、という溜め息の塊が噴き出した。
「何ですか、それは?」
「『ドロップ・マルチ』──と言っても、わからないよな。ええと……『プロセス・フィールド』って知っているか?」
「どこかで、耳にしたような……」瑠子は、数秒間、視線を宙に彷徨わせた。「……あ、思い出しました。昔、放送された、特撮ヒーローもののテレビドラマですね。当時、わたしは、小学一年生でした」
「そう、それだ。おれは、プロセス・フィールドが放送されていた、小学二年生の頃、その番組の大ファンでね。いろいろなグッズを買ったり、あらゆるイベントに参加したりしていた。月に一度のお小遣いも、年に一度のお年玉も注ぎ込んで……それらだけじゃ、とうてい足りなかったから、家事を手伝ったり、テストで好成績を修めたりして、お小遣いを追加で貰うこともあったな。
それで、プロセス・フィールドは、オリジナルのトレーディングカードゲームも発売していてね。ドロップ・マルチは、それのカードなんだ。しかも、かなり、希少価値が高くてな……夏休みの時、とある遊園地で、ファン限定イベントが催されたんだが、その最中に、ビンゴ大会が開かれてね。それでビンゴを達成した人しか、手に入れられなかったんだ。
さいわいにも、おれは、なんとか、ドロップ・マルチのカードを獲得できたわけだが、その時はもう、狂喜乱舞の欣喜雀躍の歓天喜地でね……。その日以降、テストだの、クラスメイトとのトラブルだのといった、苦しい場面が訪れるたびに、そのカードを眺めて、自分を奮い立たせていたんだ。どんな時でも、すぐに取り出せるよう、財布に入れておいてね」
「なるほどです。それで、そのカードを入れたまま、財布を落とされてしまったと……」
「そういうこと」虎義は、はああ、と前回よりは軽い溜め息を吐いた。「……まあ、さすがに、今では、プロセス・フィールドには、小学生の頃ほどは、熱中していないが……それでも、やっぱり、何らかの、苦しい場面が訪れた時は、ドロップ・マルチのカードを眺めて、元気を出していたからなあ。それを失ってしまったんだから、どうしても、落ち込んでしまうよ……」
そんな雑談を交わしているうちに、スーパーの敷地を出て、それに隣接するようにして通っている車道、その両端に設けられている歩道に入った。直後、てんてれてんてれ、という電子音が鳴り始めた。虎義が、スマートフォンに設定している、電話の着信音だ。
彼は、ズボンのポケットから端末を取り出すと、ケースの蓋を、ぱかっ、と開けて、ディスプレイに視線を遣った。そこには、電話をかけてきた人物の名前として、「嬰佐さん」という文字列が表示されていた。
店では、一般的な家電機器の他に、道具だの部品だのといった、電子工作に必要なアイテムも扱われていた。独自の仕入れルートを確保している、という話で、品揃えは、かなり豊富だった。とても希少価値が高いことで有名な商品が、中古の映画DVDのごとく、乱雑に陳列棚に並べられていたり、たとえ大手企業のチェーン店であったとしても簡単には入荷できないような商品が、中古のゲームソフトのごとく、乱雑にワゴンに積まれていたりしていた。
虎義たちは、部活動において、レコスタ電商を、よく利用している。そのうちに、嬰佐と親しくなったのだ。なんでも、彼女も、大学生の頃は、ロボット制作サークルに所属していたそうだ。
虎義は、スマートフォンを右耳に当てて、言った。「はい」
「あ、臼場くん? 今、話せるかしら? あなたにとっては、早く知りたいことだろうと思って、電話をかけたのだけれど」
(何だろう……)そう脳裏で呟いてから、虎義は「大丈夫ですよ」と言った。
「よかったわ。それで、さっそく、本題なんだけれど。『スタンダード・ハンドレッド』を仕入れることに成功したわ」
「えっ!」虎義は左右の瞼を全開にした。「本当ですか!」瑠子が、驚いたような表情をして、彼の顔に視線を向けてきた。
スタンダード・ハンドレッドとは、マイコンの名前だ。アメリカのベンダーが開発している製品で、処理速度やメモリ容量など、あらゆる性能が、途轍もなく高い。ただし、特殊な金属を使って製作したパーツが多く用いられているせいで、かなり希少であり、市場には、ほとんど出回っていなかった。
(レイ・フレックスに、スタンダード・ハンドレッドを搭載することができれば、打撃の威力や移動の素早さなど、各種の能力が、今より、はるかに高くなる……相手ロボットに搭載されているマイコンが、一般的な物なら、よっぽどのことがない限り、負けないに違いない。
以前、嬰佐さんと雑談している最中、スタンダード・ハンドレッドの話題になった時に、「もし、仕入れることができたら、おれたちに売ってくださいね」と、冗談めかして言ったことはあるが……まさか、本当に、連絡してくれるとは……!)
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