第8話 案件

 大人気VTuberとして輝かしい船出を飾った……たぶん、きっと、そう、輝かしいはずの私は、更に順調な仕事の依頼を受けることになる。

 そう、企業案件だ。


 事務所の担当である燕子花かきつばた六花りっかから、企業案件ありのメールが来たのだ。



煌羅きららさん、企業案件ですよ。企業案件。凄いですよ、こんなに早く大手企業さんから案件を頂くなんて。これも突き抜けたキャッチフレーズのおかげですね」


 ビデオ通話アプリの画面の向こう側の六花ちゃんが興奮している。


「えと、はい……」


「さすが煌羅きららさん、私の案をグレードアップして自分のものにしてしまうとは! まさにメガ放屁キャノン! ブッヒィィィィ!」


 ダメだ、六花ちゃんのテンションが高くてついて行けない。


「あ、あのですね、それで案件というのは?」


「そうそう、案件ですよね。それが凄いんですよ。あの誰もが知る大企業の角山製薬さんなんです」


「えっ! あの製薬会社の……」


 は? いきなり大企業かよ!?

 いや、大きい小さいは今の時代関係無いけど、有名企業なら煌羅きららぺろみの名も更に世間の知るところとなるかもしれないぞ。



 担当の六花ちゃんも興奮気味に話しを続ける。


「案件としましては新商品のPRなんです。お腹の調子を整えてオナラを抑えるお薬『ガスキエール』です!」


「ぶっふぉおおおおっ!」


 まさかのオナラ案件で派手にズッコケる私。恥を強みに変えようとしていた私だが、さすがにこれは恥ずかしい。


「今回もド派手にぶっ放しましょう、煌羅きららさん!」


「ぶっ、ぶっ放しません! オナラを抑える薬でぶっ放したら営業妨害ですよ!」


「あっ、それもそうですね」


 仕事を取って来てくれるのは嬉しいが、さすがに私も選びたいところではある。だが、駆け出しVTuberの私が仕事を選べるような立場ではないのだ。


「分かりました。やります」


 私は決意したのだ。恥を力に変え成り上がるのだと。銀河のブヒ姫になるのだと!


「ありがとうございます、煌羅きららさん。仕事内容ですが二件ありまして、一つは煌羅きららさんの動画内で整腸剤のPRをしてもらいます」


「はい」


「先方から指定された言葉を入れ動画を作ってもらいます。一度依頼主である角山製薬さんの担当者に動画を見せてOKが出たらアップしてください」


「了解です」


 これはウィーチューバーでよくある案件だ。プロモーション動画というものだな。美容系配信者が化粧品をPRしたり、料理系配信者が調味料を紹介したり。


 あれっ?


 通常、ネットCMはターゲットを絞って流すはず。私の動画視聴者は男性が多いのに、女性がターゲットの整腸剤をPRして効果があるのか?


 素朴な疑問を感じていると、画面の向こうの六花ちゃんが、とんでもないことを言い出した。


「二つ目なのですが、ウィーチューブ内だけでなくテレビでも流すCMの撮影があります。これは炎上動画のニュースが若い女性の間でも話題になっている今がチャンスという訳なのですよ」


「は?」


 聞き間違いじゃないよな。今確かにテレビCMと言ったはず……。


「て、ててててて、テレビCMですか! お茶の間に私の声が届いちゃうんですか?」


「そうです。煌羅きららさんの声が届いちゃいます。『私の音を聞けぇ! ブヒィ!』ってな感じです」


「音じゃないでしょ! 届かせるのは声ですから!」


 どうも六花ちゃんは放屁ネタを引っ張りたい気がする。困った女だ。



煌羅きららさん、こんなに早く大型案件を取るVTuberさんはいないですよ。これは凄いことです」


 六花ちゃんが興奮気味だ。画面越しなのに鼻息が荒い。


「そうですよね。私もビックリです」


「これも全て、煌羅きららさんの体を張った芸が実を結んだんですよ。私も頑張る人を応援したいんです。煌羅きららさんは女を捨ててまで頑張った結果なんですよね。本当におめでとうございます」


「あ、ありがとう……って、女は捨ててないですから! バリバリ乙女ですから。オナラは芸風じゃないですからぁああっ!」



 ちょっと事務所の方針が不安になるが、こうして私は案件を獲得し夢の大人気配信者への階段を上り始めたのだった。


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