第5話 事務所加入

 私は、差出人が株式会社MuMuLIVEとなっているメールを開く。



 ――――――――――――

 煌羅ぺろみ様


 突然のご連絡失礼いたします。株式会社MuMuLIVEの燕子花六花と申します。


 この度は煌羅ぺろみ様の動画を拝見させていただきご連絡いたしました。煌羅様のダイナミックで振り切った芸風と、オタク男子の心を掴む話術に惹かれました。


 そこで弊社から公式配信者として配信をお願いしたく、ご連絡させていただきました。

 是非、ご興味がございましたら下記メールアドレスかDMにご連絡いただけると幸いです。

――――――――――――


「えーっと、なになに? ツバメ……こはな……ろくか? 名前が読めんぞ。まあいいや。げ、芸風だと? 芸風じゃねーよ! 生理現象だよ」


 まあ、名前も芸風もいいとして、とにかく私のところに大手事務所からスカウトがきたということだ。


「ふっ、ふふっ、ふぇええっはっはっは! ついに私も大手事務所に加入した人気VTuberに。い、いや、ちょっと待て、こういうの詐欺も多いらしいからな。えっと、アカウントは本物のようだな」


 そして私は返信した。これから始まる輝かしい未来を夢見ながら。


 ◆ ◇ ◆




 あれよあれよと話は進み、今、私は夢夢むむライブと書かれた看板のあるビルの入り口に来ている。今後の打ち合わせをしたいとのことで、わざわざ事務所まで出向いたのだ。


「今時は契約や打ち合わせもリモートかと思ったが、まさか対面なのかよ。こ、この陰キャでコミュ障女を舐めんなよ。こちとら、まだパワハラのダメージが回復してないっつーんだよ」


 ぶつぶつと文句を言いながらエレベーターに乗る。このビルの一室に事務所があるらしい。



 勇気を振り絞り事務所のドアを開けると、仕切りで区切られた打ち合わせスペースのような場所に通される。

 ドキドキと激しく動く心臓の音を聞きながら、出されたお茶を飲んで待っていると、そのツバメ六花とかいう女が現れた。



「あっ、煌羅きららぺろみ17歳さんですか。私、煌羅きららさんの担当になります、燕子花かきつばた六花りっかと申します」


 燕さんはツバメではなかった。VTuberみたいな名前しやがって。


「あっ、はい……」


 久しぶりに人と会話して典型的コミュ障っぽい返事をしてしまう私。ネット配信では流暢りゅうちょうに話せるのに、面と向かっては苦手なのだ。


 燕子花かきつばた六花りっかは想像していたような堅苦しいビジネスウーマンではなく、気さくなオタク女性といった感じだ。


 全体的にシュッとした印象で目鼻立ちも整っている。少しだけ明るめの髪を綺麗に肩で揃え、少し縁の厚いメガネだけがオタクっぽさを主張しているようだ。


 

煌羅きららさんの担当になれて光栄です。あの炎上動画を見たときに、私ビビビッてきたんですよ」


「は、はあ……」


「あんな体を張った芸をするなんて凄いです。普通できませんよね。『ブボォ!』って重低音サラウンドでASMRのように脳に放屁音が押し寄せましたよ」


 なに言ってんだ、この人。人のオナラをASMR扱いはやめてくれ。


「あっ。これ契約書です、よく読んでから必要事項を書いてください」



 六花りっかちゃんから渡された契約書にサインをする。彼女の名前がVTuberかアニメヒロインのように可愛いので、もう六花ちゃんに決定だ。



「はぁああっ、実物も良いですね。その垢抜けない喪女もじょっぽい佇まい。それでいて内から溢れる悶々としたエロス感。まるで素人ものセクシー女優みたいな」


「は? せ、セクシー女優?」


 おい、意外とこの人ズケズケ来るな。


「そうです、私ファンになっちゃいました。本人も良いけど、VTuberも最高です。あの清楚系アバターなのに下品な会話したり、エッチなアニメの話をズバズバ話すのも良いですね」


「あ、ありがとうございます……」


「あっ、そうそう、この業界は決め台詞が有った方が良いですよ。動画の始めに入れたりする」


 そういえば、人気配信者はキャッチフレーズのような挨拶を入れているのを思い出す。


「私考えたんですよ。煌羅きららぺろみさんの場合は、『吹けよ風! 轟け爆音! 銀河を超えてぶちかませ、私の放屁! ブヒィィィィィィー!』あっ、ここで放屁の効果音入れてください」


「い、嫌ですよ! そんな恥ずかしいの」


「恥ずかしがってたら売れませんよ。ここはブーブー行きましょう」


 ただでさえ人生の汚点なのに、これ以上傷口を広げてどうするんだ。この人、大丈夫か?


「あの、か、燕子花かきつばたさんは、それ人前で言えますか?」


「えっ、そんな恥ずかしいセリフ言えるわけないじゃないですか。冗談キツいですよぉ」


「ええええ……」



 ちょっとぶっ飛んでる担当に、私の輝かしい未来に暗雲が立ち込めるのを感じた。


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