第21話 写生

 こんなのは写生じゃない。

 あのとき、悠海ゆみはこんなセーラー服は着ていない。

 学校の制服を着ていたのだから。

 でも。

 これは写生だ。

 これは写生でなければ描けない背中だ。

 自分の両手でじかにまさぐって、ぎゅっと悠海の体を自分に押しつけながら感じた、その悠海の背中だ。

 悠海が生きているところを念入りに写した。

 目で見た写生ではないが、した、というなら、とても上等のだ。

 この女生徒は、ここに描かれていないところに、別の女の子が背中をくっつけてきてもそれを隔てることのできる胸のふくらみを持っている。それもこの絵からは伝わって来る。そこまで絵美はきっちり「生を写して」いた。

 その隔てる力が通じない相手はこの絵を描いた本人だけだ。

 だから描けたのだ。

 「見方を変えるとな」

 五大ごだい先生はゆっくりとしゃべった。

 「この絵は、この絵を描いた瞬間を同時に封じこめてる」

 意外なことばに悠海は先生の顔を振り向く。

 先生はやっぱり絵に向き合っていた。

 「ちゃんと写生しているように見えて、ところどころ、斑点はんてんみたいに、わざと色を薄くしたところがあるんだ。それに気づくと、この絵はほかのものに見えてくる」

 何を言っているのだろう、先生は?

 だが。

 絵美が描いたものだ。先生にわかって、自分にわからないものが、ここに描かれているはずはない。

 緑をまん中に、黄色、くすみ色、青、茶色。

 黄緑、薄緑、そしてこの季節には使わないはずのだいたい、黄橙。

 そうだ。

 「わかりました」

 悠海はにっこりと笑った。

 「絵美が、これを描いたときの木漏れ日です。濃い薄いのない普通の写生絵を、その木漏れ日で見たらどう見えるか、それを再現してあるんです」

 五大先生は、大きくにっこりと笑った。

 でも、絵美がそうやってこの絵に封じこめた時間とは何のあった時間なのか、わからないだろう。

 五大先生にも、この絵を選考した偉い先生たちにも。

 わかる。

 絵美のほかには、悠海だけが。

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