第20話 大築悠海

 「やあ」

 五大ごだい先生だった。

 ずっとここにいたのか、あとから歩いてきたのに悠海ゆみが気づかなかったのか、わからない。

 初老の男の先生は、悠海の横に並ぶ。

 背を伸ばしている。

 そうだ。

 悠海も、この絵の前では、なぜか姿勢よく背筋を伸ばしていた。

 それが、その絵の力だと、その絵を描いた何者かの力だと、わかる。

 「中野なかのもやったなぁ」

 「中野?」

 ああ。

 見覚えがある。そのはずだ。

 名前が書いてあるプレートを見るまでもない。

 その絵は咲花しょうか学園高校二年、中野絵美えみの絵だ。

 「月曜、あいつが持ってくるまで待って、よかった」

 あのとき絵美が描いていたのはこの模様だったのか。

 その模様ごとに色調を変え、その模様をパッチワークのように組み合わせることで、確かに一つの風景画を描いている。

 薄っぺらい色ガラスで作ったステンドグラスと呼ぶのが、いちばんいいたとえだと悠海は思った。

 そのステンドグラスの奥にいる、頑固がんこなほどにつつましげな修道女がこの絵を描いた。

 それがとんでもない背教者だと知っているのは、悠海のほかに、だれがいるだろうか。

 でも、これが他校の生徒の作品のように感じたのはなぜだろう?

 それもすぐにわかった。

 その道を、一人のセーラー服の女子生徒が遠ざかって行く。その後ろ姿、背姿が描かれている。その生徒の姿だけは、模様のパッチワークではなく、普通に、ていねいに色を置いて仕上げてあった。

 その子が着ているのは白地に紺色の襟のセーラー服だ。

 つまり、咲花学園のセーラー服とは色が逆だ。

 なにせ、咲花学園の服と着たら、夏服でさえ、半袖になるだけで、あの紺色なんだから。

 だが。

 「わかるか」

 五大先生が言う。

 わかる。

 その、背中のまん中まで素直な長い髪の毛を伸ばした女子生徒は。

 その、黒髪に見えて、日にすかせるととても濃く入れた紅茶のような赤を少しだけ放つ髪の持ち主は。

 ほかのだれでもない。

 大築おおつき悠海。

 自分だ。

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