第19話 見覚え

 そんな気もちにも慣れたころのことだ。。

 雨の続くじめじめした日々だ。

 学校の正面玄関、つまり、校長先生やお客様が通るところで、生徒にはふだんはまったく縁がないところ。

 そこの奥の、ガラスケースのなかに、大湖たいこ記念コンクールの入賞作が飾られた。

 この学校が大湖先生にいちばん関係の深い学校なので、入賞作はまずここに飾られる。

 しかも、この玄関には西浦にしうら大湖先生の写生画の代表作が飾ってある。それと並べて飾られるのが入賞者の栄誉というわけだ。

 あの絵美は、そういうのをどう思うんだろうな。

 くだらない習慣だと思うんだろう。

 悠海ゆみはぼんやりしたそんな思いに引かれるように、その場所に絵を見に行った。

 何の期待もしていなかった。

 このコンクールの高校の部でこの学校の生徒が入賞することは、まずない。

 去年も、大賞、奨励賞、佳作すべて、聞いたこともない学校の生徒の作品だった。

 生徒会で先輩たちに聞いたところによると、少なくともここ十年ほどは咲花しょうか学園の生徒が入選したことはないという。

 たしかにそうだろう。

 去年の大賞作品なんて、どうやって色を重ねたかさえわからない、うすぎぬでかしたような色を使った、何というか、「奥ゆかしいってこういうのを言うんだろうな」ということを感じさせる絵だった。

 五大ごだい先生はそういう描きかたの技術は教えてくれない。

 つまり、この学校で五大先生に習っているかぎり、入賞はしないのだ。

 そう思うと気が楽になって、悠海は元気に正面玄関のガラスケースまで歩いて行った。

 ほかの生徒はいない。

 いくら学校の創立者と関係がある賞だといっても、自分が入賞するはずのないコンクールに、ここの生徒はぜんぜん関心がないのだ。

 飾られているのは、思った通り、知らない絵ばかりだった。

 まず、自分のあのけばけばしいへんな色の作品がないことに、安心する。

 もちろん入賞するわけもないが、万が一のさらに万が一、そんなことが起こったばあい、穴があったら入りたいではすまない。

 カラー刷りで新聞に載ってしまうのだ。新聞社のホームページにも載る。ということは、全世界に公開されるわけで、隠れ場所なんかあるはずがない。

 でも、そんなことは、やっぱりなかった。

 悠海は、そこで、ゆっくりと深呼吸して、大賞作に向かう。

 あれ?

 たしかに、知らない絵だ。

 そして何か変だ。

 近くで見ると、何かはりの先で引っ掻いたような図形の繰り返しと、無秩序に重なった円と、それだけの絵のように見える。

 しかし、その場所には、見覚えがある。

 その細かい図形を重ねることで描かれているのは、向こうへ続く一本の細い道と、その細い道の消えるあたりから、左へ斜めに登る坂道だ。

 空は青く明るいのに、木の葉の生い茂る下の地上は暗い。

 あの灌頂かんじょうだにだ。

 しかも、この絵をどこから描いているかというと、それは……。

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