第16話 敗者はこれくらいは尽くすもの

 悠海ゆみは、しかたがなかった。

 へんな絵、と思いながら、その絵を提出した。

 冬ならばとっくに日が暮れているはずの時間まで、五大ごだい先生は待っていてくれた。

 悠海だってお昼ご飯抜きなのだから、まあ、それで釣り合うというものだろう。

 しかし、絵美えみは、けっきょく絵を提出しないで、帰ってしまった。

 筆洗に水を汲んできたくせに、けっきょく鉛筆で描いたふしぎな幾何学模様以上のものを絵美は描かなかった。

 だから提出できるわけがない。

 五大先生にそのことを聞かれたら、絵美は月曜日には必ず絵を出す、と答えようと思っていた。じっさい、絵美は言ったのだ。

 明日、描いて、仕上げる、と。

 絵画コンクールには作品は月曜日に送るのだから、月曜日で間に合うのだ、と。

 でも五大先生からは絵美のことは一言も言われなかったので、黙っていた。

 絵美の椅子とイーゼルを片づけるのが悠海の仕事になってしまったけれど、まあ、いいかと思った。

 悠海は負けたのだ。敗者は、勝者のためにこれくらいは尽くすものだろう。

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