第13話 企みと悠海の髪の毛

 風には飛ばされなかったが、悠海ゆみの絵は変な絵になった。

 緑色をまん中にして、黄色寄り、青寄り、茶色寄り、くすみ色寄り、そして白が無秩序に入り乱れている、そんな木立ちの葉を描いてしまった。

 あのシャワーの飛沫の飛ぶ筋のような絵を修正して、なんとかほんものに似せようとしているうちに、よけいにへんなことになってしまったのだ。

 これなら、最初に考えて、考えただけで絵美えみににらまれた、あの油絵画家のうねうねの木のほうがまだ写生っぽい。

 これは、なんかけばけばしいデザインとは呼んでもらえるかも知れないが、どう見ても写生ではない。

 だが、いいんだと思う。

 もともと、画用紙の白いところを埋めるのが目的だった。朝から退屈で退屈なだけで何を話しているかもよくわからない会議に行かされ、帰ってきたら絵を描かされて、それでこれだけ紙を埋めたのだから、いいじゃない?

 ふっ、と、絵美が心のなかにみこんで、悠海の心を見た、あの濃い墨を透明な絵美の心の水に少しだけ溶いた。

 そんな感じがした。

 そうだ。だったら、筆洗に水を汲んできた絵美は、どんな絵を描いているのだろう?

 そっちがり立ての墨の色ならば、こちらはパレットで混ぜたいろんな緑の色があるのだ。使わなかった色も入れれば、藍色もだいだいも、金色みたいにけばけばしい黄橙だってある。それだけの色を、この子の気もちに、この子がやったように滲みこませるんじゃなくて、ばっと投げこんでやろう。

 濃い墨の上に投げこまれた絵の具たちはどんな波紋を作るだろう?

 悠海はできるだけ勢いよく立ち上がろうとした。

 ざざざっ、と音が吹きすぎていく。

 襟の後ろとスカートが引っぱられる。

 風だ!

 「あっ!」

 自分のたくらみは忘れて。

 でも、その企んだとおりに。

 振り向く。

 遅かった。

 風に引っぱって行かれた悠海の髪は、ざあっと、ハープの弦をはじくように、細い絵美の体を覆う制服の背中に当たった。

 一つひとつが太鼓だいこをたたくような小さい音を立てた。

 風が止むと、その髪の毛は悠海のところに戻ってくる。

 でも、そうはならなかった。

 戻って来ない。

 悠海の髪の毛の房は。

 悠海の髪の毛の先に自分の背をたたかれた絵美は振り向いた。

 「?」

 その墨の色の瞳が、悠海の心に墨を流したぶんだけあわくなった。

 心に墨を流した?

 それはどういう意味だろう?

 絵美が手を伸ばした。

 悠海は避けようとする。でも、絵美の手は悠海の体を狙っていなかった。

 絵美は、その右手を鞭のようにしならせて、その掌で叩きつけるようにつかんだ。

 何を?

 悠海の髪の毛を!

 日にすかせると、紅茶をとても濃く濃く入れたときのような赤色を見せてくれる、普通に見ると普通に黒い悠海の髪の毛を。

 悠海の体に戻って行こうとしていた悠海の髪の毛を。

 束ねて。

 たぐり寄せる。

 何?

 「なっ……」

 ことばが出る。でも出たとたんに引っこむ。続かない。

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