第11話 悠海にとっておもしろいこと

 失敗だということはすぐにわかった。

 なんだか、プールのシャワーから微妙に色の違う絵の具が降り注いでいるようにしか見えない。

 それはそうだ。

 そんな単純な線で光が描けるならば、それは、わざわざ、印象派は光を色にした、なんて言わなくてすむ。

 自分のお調子者ぶりに悠海ゆみはふっと笑った。

 そして、あの胸の横の突っ張っている感じが解けているのに気づいた。

 絵美えみは、振り向くだろうか。

 振り向かなかった。

 そのかわり、つっ、と立ち上がった。

 木とカンバス布の折りたたみ椅子を器用に折りたたみながら、体が悠海にぶつからないように。

 器用だ。

 でも、何をするのだろう?

 悠海は目の端でちらちらと絵美の様子をうかがう。

 絵美は、もちろん悠海なんか見ないで、悠海がここに来たとき通っていた道を去って行った。

 絵美が痩せていてよかったと思う。

 その制服の下で、肩の骨が順番に前へ動いたり後ろへ動いたりするのが透けて見えるようだったからだ。

 もちろん、ほんとうは見えない。

 セーラー服の襟が、肩の後ろが見えるのをじゃましているから。

 絵美は、谷の道から横に曲がって、坂道を登っていく。

 体の横を見せて。

 さっき悠海がいらいらしながら下りてきた、あの歩きにくい坂道だ。

 自然に胸を張って、まっすぐ前を向いて、きれいな姿勢で上がって行く。

 学校に帰る気だろうか?

 いま悠海のすぐ横にあるへんなスケッチだけ残して。

 このスケッチをいま悠海が破いても、絵美は手出しができない。太陽は遠く、葉影を作っている木の葉も遠いが、絵美もここからは遠い。

 破いてやろうか?

 だが、悠海は、もっとおもしろいことに気づいた。

 なんだ。

 絵美はトイレに行くのだ。

 その坂を上がってすぐのところに、お寺の参拝者用のトイレがある。

 別におもしろがることでもない。

 でも、あの存在感のないことが存在感の絵美が、トイレに行く、と考えただけで、何かそれはとても奇妙なことだと思った。

 そして、それがやっぱりおもしろかった。

 だから、悠海は、絵美のスケッチを破るたくらみを、あっという間にすっかり忘れてしまった。

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