第7話 温かくて硬い掌

 そうだ。

 この子は「緊張させる子」だったのだ。

 一年生の、入学式前の、最初の学年集会のときだ。

 クラスごとに並んだ。

 一年生最初で、まだどこのクラスになったかしかわからない状態だから、並んだというより、きちんと列を作らずに、縦長に群れた。

 先生方の紹介がひととおり終わり、学年担任の海東かいとう先生が話をする番になった。

 海東先生は、若い男の先生らしいさわやかさを前面に押し出しながら、言ったのだ。

 「さあ、みなさんは、これからこの学校の仲間としていっしょに三年間を過ごすわけですから、ぜひ、仲よくしてください。その最初に、隣の子と、固く、握手をしましょう。はい、握手してください! 握手っ!」

 そんなことを言われても、入学式前、互いの顔と名まえが一致しないどころか、名まえさえ知らないどうしなのだ。県外から来ている子も多い。

 だが、海東先生は、みんなが握手するまで、話を先に進めなかった。

 あとで生徒会長の大久保おおくぼ先輩にきいたところでは、この握手はこの学園の入学式の恒例の行事なんだそうだ。決まっているわけではないが、海東先生があいさつに立つと新入生たちは必ず握手をさせられる。だから、海東先生が何かの用事でお休みでないかぎり、この握手はあるという。

 もちろん、一年生の最初で、そんなことは知らない。

 しかたがなかった。

 悠海ゆみは、隣の、いかにも暗そうな雰囲気を漂わせている、頼りなげな体つきの子と握手した。

 その子がいちばん端だったから、その子を避けて反対側の子と握手するわけにはいかなかった。

 それが、中野なかの絵美えみだった。

 悠海が手を伸ばすと、絵美はきたないものが迫ってきたかのように手を引っこめた。悠海はそれでむっとしたのだったと思う。がばっ、と有無を言わさず絵美の手をつかんだ。手首の近くをぎゅっと。

 抵抗する絵美の腕を、力を入れて自分のほうに引く。それでは握手できないので、絵美の右の手首を左手で握り直し、逃げないようにして、掌を絵美の掌に叩きつけるようにして、ぎゅっ、と握手してやったのだ。

 やけだった。

 果たして、絵美は、悠海の顔をじっと見て顔を引きつらせた。

 そうだ。

 そのとき、あの濃い墨をったようなあの目をじっと見たのだ。

 その手は、緊張のあまり、冷たく硬かった。

 ……と言いたいところなのだが、そうでなかった。

 硬かった。それは予想どおりだ。

 でも、そのてのひらは、じんわりと熱が伝わってくるように、温かかった。

 「ふんっ!」

 絵美は、振り切るように、その掌を放したのだった。

 すましてそっぽを向き、海東先生のほうに目をやっていた。

 ともかく、握手すること、という、唐突に降りかかった使命は果たしたのだ。

 次にこの若い男の先生が何を言おうとするか、聞いてやろう。少しいたずらっぽい気分になって、悠海は先生のほうを見ていた。

 ふと絵美が自分を見ているのに気づいた。

 あの墨の色の目で。

 そのとき、自分のいたずらっぽさや得意さが、ぜんぶ絵美に抜き取られたように感じた。

 そのときも、たしか、ぎこちなく目を離したのだ。

 そして、思ったのだ。

 二度と、こんな子の体の一部分に自分の体の一部分を触れさせたりするものか、と。

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