第5話 存在感がないという存在感

 この中野なかの絵美えみという子は「存在感がない」という「存在感」がありあまるほどにある子だ。

 教室での授業のときにはいる。当てられれば答える。しかもだいたい正解だ。現代国語でも英語でも古文でも漢文でも、教科書を読めと言われれば、中ぐらいちょっと高いめの声ですらすらと読む。英語の、舌の巻き上がったような発音もちゃんと出している。数学で当てられれば黒板のところに行ってきちんと問題を解いてみせる。字は、金釘かなくぎ流というのか、四角張った、およそ女の子の文字には見えない文字を書くけれど、答えはやっぱりだいたい正解だ。

 でも、ホームルームや休み時間にはすっと姿を消してしまう。

 どこへ行っているのかわからない。

 ホームルームだけではない。化学実験とか、生物の屋外観察とか、そういう、みんなといっしょに何かやるという授業では、すっと、ほんとうに気配も感じさせず、消えてしまう。

 ホームルームの時間に、あの敬愛きょうあい堂の前で、欄干らんかんに手をついて湖のほうをじっと見ているのを見たという話も伝わっている。

 しかし、それを見るためには、見た当人もホームルームをさぼらなければならないわけで、自分もホームルームをさぼったような生徒の言うことが信用できるのか、という問題がある。あまり信頼性がない。

 そんなわけだから、絵美が美術の野外写生の時間にいなかったとしても、ふしぎではなかった。

 ところが、それが、悠海ゆみの居残りの時間に湧いて出た。

 こともあろうに。

 ふしぎだ。

 しかもいまいましかった。

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