第4話 大築悠海ならわかること
「資料は教頭先生に届けておく。それより、ご苦労なんだが、これから美術の絵を描いてきて、夕方までに完成させて戻って来てくれないかな? 待ってるからさ」
「は???」
そう言われるのはわかっていたけれど、
五大先生は意に介しないで続ける。
「いや、さぁ、今日じゅうに絵を仕上げてくれないと、
「じゃあ、わたしは未提出でいいです」
いつもなら口答えなんかしない悠海が、今日はたまりかねて言った。
「いやいや」
けれども五大先生には通じなかった。先生は微笑を絶やさずに、およそ緊張感を感じさせない声で言い返してきた。
「そういうわけにはいかないことぐらい、
「はあ……」
わかる。
わかるよね。
悠海なら。
大湖記念コンクールに、悠海が「未提出」はありえない、その理由が。
そして、この
西浦大湖は晩年は絵が高く売れたからか大金持ちだった。
たぶんそうなのだろう。この学校に資金を出すぐらいに裕福だったのだから。
でも、絵を描き始めたころはとても貧乏だったらしい。
その画家が貧しかった時代、まだ若かった娘を失った。たぶん、病気で、だ。確かめたことはないけど。
その娘への償いとして、理想的な女子教育の場を作りたい。
画家が功成り名遂げた後、そういう思いで創設されたのがこの咲花学園だ。「咲花」という名も、その画家が失った娘の名が「
その西浦大湖を記念して設けられた、全国の高校生以下の女子を対象にした写生画の絵画賞に、大湖先生の「お
そうだ。
「大築さんならわかる」。
去年の文化祭の開会式で、集まった保護者の方がたに向かって学校設立のいわれを説明したのが、まだ一年生の生徒会副会長だった大築悠海だった。
ほかの生徒ならともかく、その子が作品未提出では話にならないだろう。
「それに」
何か続きを言おうとする先生に、悠海は、思い切り不機嫌に
「じゃ、椅子貸してください。いいですよね?」
と言って、五大先生との話を終わりにした。
先生が苦笑しながら見送っているのが目の端で見えたけれど、悠海は取り合わなかった。
美術準備室でデッサン用の布張りの折りたたみ椅子を取ったとき、何かへんだと思った。
きちんと整備して立てかけてあるはずの椅子の列が、何か崩れているように感じたのだ。
でも、そんなことの理由を考えている心の余裕なんか、悠海にはなかった。
いまその理由がわかった。
それがわかっても、もうしかたがない。
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