第3話 生徒会長の熱

 補習だなんて!

 悠海ゆみは今度は心のなかで言うだけにした。

 好きで休んだ美術の授業ではない。

 「岩破いわば町村ちょうそんボランティア連絡会」というものがあって、その会合が今日の午前十時半から開かれることが決まっていた。

 咲花しょうか学園からはほんとうは生徒会長の大久保おおくぼ先輩が出ることになっていた。

 ところが、昨日の夜、大久保先輩が熱を出したということで、生徒会副会長の悠海にかわりに出席するようにというメールが教頭先生から直々じきじきに来たのだ。

 熱なんか出してないんじゃないかと思う。

 大久保先輩という人は活発で陽気でいつも楽しそうに笑っている印象の人で、友だちも多い。行く手に何が立ちふさがっていても、その体で相手をなぎ倒してどんどん進む実行力のある人だ。体格もよくて、もっとはっきり言うとふとっている。

 小さい声で言えばいいようなことも、大声で、しかもよく通る声で楽しそうに言う。とても「隠しごと」なんかできそうにない。

 だから生徒会長に選ばれたのだ。

 欠点なんてほとんどないひとだ。しかし、気まぐれでわがままなのが、その数少ない欠点の一つだから困る。

 ほかの子は困らなくても、副会長の悠海は困る。

 大久保先輩は自分の興味のないことにはできるだけかかわらないですまそうとする。生徒会にとっていちばん重要な年中行事であるはずの文化祭の開会式にすら出てこなかったのだから徹底している。

 だから、熱が出たというのだって仮病に決まっている。黙ってすっぽかさないで連絡しただけで「おんの字」だと思わないといけないのだろう。

 でも、教頭先生に向かって「生徒会長の熱って仮病ですよね?」とは言えない。

 悠海が行くしかなかった。

 世のなか、土曜日は休日というモードだ。土曜日も授業をやっている私立高校の都合なんか考えてももらえない。

 一時間目の数学だけ授業に出て、自転車で岩破湖近くの産業振興会館まで全速で飛ばして行き、そこの会議室で、おじいさんおばあさんたちや二十代ぐらいのお兄さんお姉さんたちに囲まれて、小さくなって、自己紹介のほか何も言わずに二時間近くただ座ってきた。会議が終わって、みんなで食事に行くというのを、学校に戻るからと言って帰らせてもらい、会議でもらった分厚い紙の束を鞄に入れて、学校までのだらだら続く上り坂をほとんどサドルにお尻をつけないで懸命けんめいに自転車をいで帰ってきたら。

 これだ。

 もらってきた資料を教頭先生に渡しに職員室に行くと、土曜の午後で、ほとんどの先生が帰ってしまっていた。

 そのなかで、グレーの背広を着た、初老の男の先生だけが、机に手を組んで、「ぽつねん」という感じで待っていた。

 美術の五大ごだい先生だ。

 いつも美術室にいるのに、なぜ今日は職員室に?

 答えは、わかっていた。

 顔を横向けて悠海の姿を見ると、五大先生はのんびりと声をかけてきた。

 「なんかちょうの会議に行って来たんだって? ご苦労さん」

 「もらってきた資料を届けに来たんですが、教頭先生は?」

 「帰った」

 五大先生があっけらかんと言う。

 生徒を行かせておいて、先に帰ってしまうとは!

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