26話:『俺 VS 大天使』

 大天使の言葉に俺は眉をひそめた。

 最早互いの拳で決着をつけるしかないと思っていたこの場面で、あろう事かおっさんがこんな言葉を繰り出したのだ。


「ドラゴンよ、取引をしようではないか」


「……は?」

 取引?

「一体何を取引するってんだ……?」


「『擬人化ヒトマネ』――お前がタンを欲しい理由はそれだろう?」


「ッ!?」


「図星のようだな。部下から聞いたが、貴様は随分と人になった姿を気に入っておったみたいではないか。更に転生前の事も調べさせて貰ったが……なるほど、どうやら貴様は人の姿となり、異性にモテることを宿命にしておったようだ」


「ハ、ハハ……な、何を言っているのかわかんねぇな。俺はそんなゲスイ願いなんて持っちゃいねぇよ」


「そうか? 異性の裸が見たいと、学校の屋上で祈祷しておったみたいだが?」

 

 こんにゃろう!

 人の過去を勝手に見るとか最低か!! 神様でもあるめぇし!!

 いやまぁ、神様みたいなもんだけどさ!!


「そこで取引の提案だ。私の権限を持ってすれば、『擬人化ヒトマネ』のスキルをタンから貴様に譲渡する事も不可能ではない。私は貴様に『擬人化ヒトマネ』を渡す。貴様はタンから手を引き、大人しく『ヴァルハバラ』に戻る――どうだ?」


「……大天使ともあろうヤツが、随分とひよってるじゃねーか。俺に勝って終わらせるという選択肢は頭にねぇのか?」


「無いことはないが、危険な賭けだ」

 大天使は真面目な顔つきだった。

「私は貴様を過小評価するつもりは無い。私と閻魔王に並ぶその強さ、下手に侮る訳にはいかぬ。仮に激戦の末に私が勝ったところで、天国は崩壊しているだろう。――私は、ここで多くの血が流れるのを望まない」


「けっ、ご立派なお考えだな」


「だが、決して悪い取引では無かろう? 取引に応じれば、私は今後一切『ヴァルハバラ』への干渉を辞めると約束しよう。代わりに、貴様も天国への干渉は無しだ。既に多数存在する『ヴァルハバラ』の違法転生者を見逃すのは癪だが、貴様と全面戦争をするよりはまだ寛容出来る。互いに、それで手打ちとしようじゃないか」


「………………」


 俺はしばし黙り込み、思案する。

 

 ここで俺と大天使が戦えば、確かに天国は無事では済まないだろう。

 ぶっちゃけそんなの俺の知ったこっちゃねぇが、とは言え『擬人化ヒトマネ』のスキルは魅力的。

 それをタダで貰えるってのは無視出来ねぇ話だし、そのスキルさえあれば俺は自分の意思で竜人族(自称)の姿にもドラゴンの姿にもなれる。


 もう二度とタンたんに振り回される事も無い。

 大天使の言う通り、確かに悪い取引ではないだろう。


「そうだな――」


 呟き、俺は認めることにした。


「タツヲちゃん……」


 タンたんが悲しそうに俯くが、そんなのは俺に関係無い。


「――あぁそうだ、テメェの言う通りだよ。俺は女の子にモテモテになりたかったし、ハーレムとか作れたら最高だなと思ってた。こんなドラゴンの姿じゃそれも叶わねぇと思っていたが、そこにタンたんが現れたんだ。『擬人化ヒトマネ』なんていう、俺に都合の良すぎるスキルを持った馬鹿な女がな」


「タツヲちゃん……」


 タンたんショック!!

 彼女の顔が絶望色に染まる。

 まるでこの世の終わりだとばかりに、その眼からは完全に生気が失われ、大きな瞳からは大粒の涙が溢れて来た。


 だが、そんなのは俺に関係無い。


「大天使、テメェも案外話のわかる奴だな。確かに『擬人化ヒトマネ』さえありゃあ、俺は『ヴァルハバラ』で夢のモテモテハーレムを創れそうだ。そっちから手出ししねぇってんなら、俺としても願ったり叶ったり。いいだろう、テメェの話に乗ってやるよ――とでも言うと思ったか?」


「……何?」


 ピクリ。

 大天使が眉をひそめ、タンたんの涙がピタッと止まった。

 その目が希望を灯し、俺を直視し続けている。


「おいおっさん、俺は確かに言ったぞ? テメェから“タンたんを奪う”ってな。そのタンたんを目の前にして、袖の下で和解しましょうってか? ――ふざけんな!! 俺はタンたんを奪いに来たんだ!! 『擬人化ヒトマネ』を貰いに来たんじゃねぇ!!」


「タツヲちゃん!!」


 タンたんが元気になったので、励ましはこれくらいでいいだろう。


 後はこのおっさんだ。

 残念だと言わんばかりに、フルフルと頭を振っている。


「……理解出来んな。こんな不出来な娘が欲しいだと?」


「ふんっ。何が不出来な娘だ」


 テメェには理解出来ねぇだろうな。

 だって全然一緒にいなかったんだろ?

 タンたんと一緒にいなかったのに、タンたんを理解出来る訳もねぇ。


「俺はな、一緒に生活してわかったんだ。タンたんは……まぁ正直やり過ぎてるところがあるし、笑い方は最初ちょっと気持ち悪いなとも思ってたし、目の下のクマも相当酷いなーってずっと思ってたけど……でもな、タンたんは何よりも真っ直ぐだ。こんなにストレートに気持ちを表してくれる奴、俺は今まで見たこと無かったし、俺はそれが素直に嬉しかった。そんなタンたんを俺が愛してるかどうか、それはぶっちゃけ自分でもわからねぇよ。出逢ってまだほんのちょっとだ。初めて同棲する年頃の異性を相手に、頭の回路がぶっ壊れてるだけかもしれん。けどな、そんなことはどうだっていい。俺はただ、タンたんに傍にいて欲しいんだ。だからその為に――俺は、テメェからタンたんを奪う!!」


「タツヲちゃん!!」


 タンたんが今にも泣き出しそうだ(良い意味で)。

 今だったら、次の台詞もサラリと流してくれるかもしれない。



「例え俺が、ハーレムを創るコトになろうとも!!」



「タツヲちゃん!?」


 タンたんが今にも泣き出しそうだ(悪い意味で)。


 とまぁ、タンたんの反応は今は置いておくとして。

 問題は大天使だ。


 スルリと、背中から一本の剣を取り出す。

 手に構えた途端、刃渡り5メートル程に伸びた珍妙で巨大な剣を。

 

 ……何だ? 何か嫌な予感がする。

 よくわからんが、何だか物凄く俺に効きそうな滅茶苦茶嫌なオーラを放っているが……。


「――交渉決裂か、実に残念だ。出来れば私も、この“ドラゴンキラー”を使いたくはなかった」


「ドラゴンキラーッ!?」


 何それ安直な名前!!

 でも見た目がカッコいいから許す。

 ってか、滅茶苦茶ヤバそうな響きなんですけど……?


「この剣は、ただ一振りで竜をほふる古代の剣だ。いつか必ず蘇ると言われていた“大災厄の竜”に備え、先祖代々大切に受け継いできた一振りだったが……致し方ない。このまま貴様にタンを奪われては、天国の秩序も崩壊する」


 言って。

 大天使がタンたんを床に降ろし、両手で剣を構え直す。


 すると、大天使がムキムキムキと“肥大化”!!

 あっという間に身長10メートル程の大巨人となった。

 先ほどまでの巨大な剣が、今や小さく見える程だ。


「このドラゴンキラーで、貴様の転生人生を終わらせてやる!!」


「終わらせやしねぇよッ。俺はテメェの剣も超えて、幸福な未来をタンたんと掴んでやる!!」


「そんな幸福は未来永劫訪れない。貴様はッ、ここで私に殺されるのだからな!!」


 巨大な剣を振り上げる、更に巨大な大天使。


 や、やべぇ、めっちゃ強そうだ!!

 でもやるしかねぇ!!


「死ねぇッ、違法ドラゴン!!」


 咆哮と言っても過言ではない叫び声を上げ。

 大天使が巨剣:ドラゴンキラーを振り下ろす――その瞬間。





「『擬人化ヒトマネ』!!」





「「は?」」


 タンたんの一言で、巨大化した大天使の身体がみるみる内に小さくなる!!

 そして元のサイズよりも更に小さくなり、普通の人間サイズになったところで身体の縮小が止まった。


 そこに――ガキンッ!!


 持ち主を失ったドラゴンキラーが倒れ込む!!

 刃の腹に押しつぶされた大天使は、完全に身動きが取れなくなってしまった。


「くっ、この!! おいタン!! 元に戻せ!! こんな人の身体ではドラゴンキラーが持てぬではないか!!」


 ……あれ?

 ……あれれ?

 ……あっれれ~?


 もしかして大天使って、『擬人化ヒトマネ』で人になったらただの人になるのか?


「なぁタンたん、これって……」


「うん。『擬人化ヒトマネ』を使うと、大抵はどんなに凄い人でも人並みの強さになるの。タツヲちゃんはドラゴンだから、その効力は薄いみたいだけど」


「そうか、なるほどなぁ……」


 という訳で。

 ここ一番の天王山:『俺 VS 大天使』、その勝負の行方は――勝者:タンたん!!



 ――――――――――――――――

*あとがき

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