21話:ロ、ロリコンだぁぁぁぁああああーーーーッ!!!!

 地獄の総本山:閻魔の館。

 その外壁を素手でよじ登り、窓を壊して閻魔王の娘:ネックの部屋に侵入。

 相手は10歳の少女なので、部屋にはぬいぐるみでもあるのかと思ったら違った。

 

 壁一面に設置された水槽と、その中にいる“ホルマリン漬けの生き物たち”が視界に飛び込んで来たのだ。


 ……おいおい、何だこれは?

 俺が動物愛護団〇の人間なら今頃発狂していているぞ?

 そうでなくとも、決して少なくない気持ち悪さを覚えてしまったが……これはこれで用途については思い当たる節がある。

 ただの悪趣味な観賞用水槽ではない。


「――新しい魔獣の研究素材か? 子供なのに感心だな」


「ふんッ、当然なのだ。オレ様は閻魔王の娘、将来の地獄を担う為に努力は欠かさないのだ」


「ほう、ますます感心だ。俺の邪魔をしないなら応援してやりたいところだが……しかしその前に、お前の目の前にあるタンたんの身体を返して貰おうか」


 部屋に入った瞬間からタンたんの身体は見つけていた。

 横長の水槽に満たされたホルマリンの中で、目を閉じたまま眠っているような顔のタンたん――の身体がある。


 アレを素直に返してくれれば事は丸く収まるのだが、そう簡単に返してくれるならそもそも強奪などしていないという話。


「こいつの身体を返すつもりはない。オレ様の研究材料にしてやるのだ」


 スッと、ネックが鞭を取り出す。

 一時的に俺が預かっていた“魔獣を召喚する為の道具”だが、それは不用心すぎると言わざるを得ない。

 俺を誰だと思っているんだ?

 

お前の物は俺のジャイアニ――』


「待つのだ!!」


 面倒になる前にさっさと鞭を奪おうとしたら、ネックが「待った」をかけてきた。

 律義に待つ必要も無かったが、一応聞くだけは聞いてやろう。


「何だ?」


「オレ様が、魔獣無しで貴様に勝てる訳ないのだ! 戦うなら魔獣と戦うのだ!!」


「えぇ~? そんなこと言われても……」


「いいからそうするのだ!! オレ様が育てた最強の魔獣に勝てたら、こいつの身体を返してやってもいいのだ!! そしたら文句言わないのだ!!」


「う~ん……」


 俺は悩んだ。

 問答無用でタンたんの身体を奪ってもいいが、ここでしっかりと実力を見せておけば、ネックが下手に俺へと手出しする事も無くなるだろう。

 面倒ではあるが、今後の事を考えるとここで白黒つけておくのも悪くない。


「いいぜ、お前の魔獣と戦ってやるよ」


「うむ、ならば見せてやるのだ!! いでよッ、立つだけで全てを破壊する最強の魔獣ッ、その名も――」


「ちょッ、待った待った!!」


「むっ?」


 俺が「待った」をかけると、ネックが物凄く不機嫌そうな顔を向けて来る。


「何なのだ? せっかく“立つだけで全てを破壊する最強の魔獣”を召喚しようという時に……人の台詞を途中で止めないで欲しいのだ」


「その台詞はそっくりそのままお前に返してやるよ。――じゃなくてだな」

 本題はこっち。

「立つだけで全部ぶっ壊すようなヤツを、この閻魔の館の最上階で召喚しても大丈夫なのか?」


「……あ」


 ようやく事の重大さに気付いたらしい。

 しばらく目を点にした後、ネックは無い胸を張って堂々と口を開く。


「ちょっと場所を変えるのだ!!」


幸運の助兵衛な雨ハレンチレイン


「ぎゃーッ!?」


 部屋に降り出したピンク色の雨が、ネックの黒い衣装を溶かし、あっという間に全裸の少女が爆誕。

 ネックはベッドからシーツを引っ張って来て、それで身体を包み隠したまま、半分涙目の瞳で俺をキッと睨み返している。


「ズ、ズルいぞ! 服を溶かすのは卑怯なのだ!!」


「卑怯で結構。面倒事を起こされるよりマシだ」


「む~~~~ッ、やだやだやだ!! こんなの勝負でも何でもないのだ!!」


「別に勝負しに来たつもりもねぇよ。とにかくタンたんの身体は返して貰う」


 水槽からタンたんの身体を取り出し、それを肩に担ぎ上げたところで、俺はふと立ち止まる。


(……流石に、このまま持ち運ぶのも悪いか)


 誰が見るでも無いだろうが、動かぬ裸の女性を材木感覚で「よいしょ」と運ぶのは気が進まない。

 何か隠す物が必要だろう。


お前の物は俺の物ジャイアニズム


「ぎゃーッ!? オレ様のシーツが!!」


 腕力でもぎ取り、乱暴判定されても困る。

 俺はスキルを使ってネックからシーツを奪い、それでタンたんの身体を包んだ。

 これで外に運び出しても問題無い筈だ。


「よッ、よくもオレ様のシーツを!!」


「悪いな。ちょうど良いのがなくて」


「さ、最低なのだ!! 野蛮な奴にオレ様の裸を見られたのだ!! この変態!!」


「変態じゃない。ってか別に、お前のチンチクリンな裸に興味はねぇし」


「………………」


 無言、その直後。



「うわぁぁぁぁああああ~~~~んッ!! それはそれで酷いのだぁぁぁぁああああ~~~~ッ!!!!」



 ――めっちゃ泣き出した。

 号泣を絵に描いたような鳴き方だ。


 先端を絞ったホースから勢いよく飛び出す水みたいに、ネックの瞳から大量の涙が溢れ出ている。

 明らかに人体の身体にあるだろう水分量を越えているが、何処からから水分補給はしているのだろうか?

 子供の身体の70%は水分だとも言われるので、仮にネックの体重が30Kgだと仮定して、その70%となれば――。


 という考察をして現実逃避していた俺だが、流石にこれには参った。

 赤ちゃんが泣くのならともかく、自我のある子供に泣かれるのは困る。


 いくら子供と言えど、女の子に対して「お前の裸に興味は無い」という発言は失言だったかもしれない。

 目的は果たしたし急いで『ヴァルハバラ』に帰りたいところだが、フォローの1つくらいは入れておかないと遺恨が残るのは間違いないだろう。


「あー、そのー、ネック。ちょっといいか?」


「ひっく、えっぐ……何なのだ?」


「お前の裸に興味が無いっていうさっきの発言だが、あれは間違いだ」


「ぐずっ……間違い?」


 お、いいぞ。

 会話で気が逸れたのか、多少は泣き止んだ。

 あともう一押しだ。


「そう、さっきの発言は嘘だ。実は俺、お前の裸にめっちゃ興味がある!!」


「どぅヴぉらッ!?」


 めっちゃ吃驚した顔で、ネックがズサーッと後ずさり。

 それから、大声で叫ぶ。



「ロ、ロリコンだぁぁぁぁああああーーーーッ!!!! 誰か塩を持ってくるのだぁぁぁぁああああーーーーッ!!!!」



「………………」


 全俺が泣いた。



 ――――――――――――――――

*あとがき

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