15話:三途の川のリバ子様(ダイマ〇クスの姿)

 俺は走った。

 メロスより走った。

 メロスがどのくらい走ったか知らんが、絶対にメロスより沢山走ったに違いない。


 一体、どれだけの期間を走り続けただろうか?

 下手をすれば1週間……いや、1か月くらい走り続けたかもしれない。


 どこまで走っても岩山ばかり。

 どこまで走っても、次から次へと死物しぶつが湧いてくる。


 もう本当に嫌になる。

 立ち止まりたくなる。


 タンたんを生き返らせるのを諦めたく……いや、それは不思議とならない。

 きっとタンたんは生き返ると、何故かそんな確信を持っていた。


 しかし、俺も生き物だ。

 疲労困憊は隠し切れない。

 視界がグラグラと揺れ始め、遂に道端に倒れる――そんなタイミング。


「……お? 家がある……ようやく着いたか?」


 倒れた俺の視界に映ったのは、【死出の山シデノヤマ】を蛇行して流れる大きな川の、その傍にある一軒の家。

 水車の付いた小さな家で、見ようによっては「小屋」とも呼べる程の小さな家だ。


 その家の軒先に、でかでかとした文字で『師匠の家』と書かれている。

 誰がどう見ても、これは先生(医者)の先生である「師匠」とやらの家だろう。


 満身創痍の身体を起こし、俺は家の扉を「ドンドンドンッ」と叩いた。


「すまんッ、誰かいねぇか!? ヤマイナ・オーセル先生の紹介で来たんだ!! もしいるなら開けてくれ!!」


 ドンドンドンッ。


「誰かいねぇのか!?」

 

 ドンドンドンッ。


「おい誰か!!」


 ドンドン――ガチャリ。


 中から扉が開いた。

 そして気だるげに出て来たその人物を見て、俺の目が「……え?」と点になる。



「うるさいのぉ、わらわの唐揚げタイムを邪魔すのは何処の誰じゃ? むしゃむしゃ」



 中から出て来たのは、“山盛りの唐揚げ”が入った容器を片手に、その唐揚げをむしゃむしゃと頬張りながら出て来た「女性」。

 かなり控えめに言っても相当なぽっちゃりさんで、俺の人(竜)生史上最高にお太りになられている。

 体系的には、最早“樽”を通り越してスライムと言っても過言ではないだろう。


 一瞬、見なかったことにして帰ろうかとも思ったが、しかし俺の目は釘付け。

 それは痴女かと疑うレベルの”スケスケな衣装”を彼女が身に纏っているせいではなく、艶やかで綺麗な金髪を携えたその顔が、俺が半ば存在を忘れかけていた“あの人”に何処となく似ていた為だ。


 ……え? でも、あれ? 


 俺の記憶が正しければ、俺を転生させてくれた“あの人”って、もっとスレンダーなダイナマイトボディじゃなかったっけ?

 これはこれで、ある意味ダイナマイトボディだけど……。


「あの、もしかしだけど……多分人違いだとは思うけど……『三途の川のリバ子様』か?」そんな訳ないよな?


「む、わらわを知っておるのか?」


「………………」


 心の底から信じたくない。

 信じたくないが、どうやらこの珍種スライムガールが、俺を転生させた「リバ子様」だった。



 ■



 今、俺の目の前に、物凄~くふくよかな体系の女性が居る。


 彼女の名は「サンズ・リバ子」。

 10年前に、俺をドラゴンとして転生させた張本人というか恩人というか、まぁとにかくそんな人だ。


 10年前のスレンダーなのにダイナマイトなボディから、相当なフォルムチェンジ(ほぼフルモデルチェンジ)を成し遂げていた唐揚げ大好きリバ子様。

 そんな彼女の住む小さな水車小屋の中で、俺は唐揚げ大好きリバ子様と対面で座っている。


 肝心の唐揚げ大好きリバ子様は、唐揚げ容器をぬいぐるみの様にギュッと抱き締め、ちょっと俺を警戒している様子。

 まさかとは思うが、俺に襲われるとでも思っているのだろうか?


「……わらわの唐揚げはやらぬぞ?」


「取らねぇよ!! そんなこと警戒してたのか!?」


「なんだ、ならばよいのじゃ。してお主、このわらわに何の用じゃ? 何やらわらわのことを知っておるみたいじゃが」


 どうやら唐揚げ大好きリバ子様(長ったらしいので以下、リバ子様)は、俺に気付いていないらしい。


 という訳で。

 俺はリバ子様の手により、10年前に人間からドラゴンに転生した事の経緯を話した。

 それから最近になってこの「竜人族の姿」になった事、そして女の子が一人死んで、掛かり付けの医者から「ここに行け」とアドバイスしてくれた事も。


 その間、リバ子様はずっと唐揚げを頬張っていた。


「なるほどのぉ、あの時の転生希望者か。それで死んだ女をわらわに生き返らせて欲しいと……うむ、事情はわかったのじゃ」


「ありがとうッ、助けてくれるんだな!?」


「無理じゃ」


「何でだよ!? 女の子が一人死んでんだぞ!?」


 俺が怒鳴ると、リバ子様は「ふんっ」と鼻で笑う。


「死んだから、なんじゃ? 死んだ者は生き返らぬのが普通じゃ。どんな事情であろうと、死は死。大人しく女の死を受け入れよ」


「受け入れられるならここまで来てねぇよ!! 俺がどれだけ苦労してここまで来たと思ってんだ!!」


「ふんっ。頑張って願いが叶うなら、この世は頑張り者だらけじゃろうな。――して、この世は頑張り者だらけか? ん?」


「それは……」


「違うじゃろ? お主の生きた『現世』も、異世界『ヴァルハバラ』も、『天国』にも『地獄』にも、頑張った者が報われるなんて幻想郷は無い。それにそもそも、転生してから何の努力も無しにチート級のスキルを手に入れたお前さんが、これ以上何を望むと言うのじゃ? それは余りにも欲張りというものじゃぞ?」


「それでも、俺は――」この言葉の続きが、上手く言葉に出来ない。


 多分、反論できる言葉なんて俺の中には無いのだ。

 チートスキルを使って悠々自適に暮らしてきた俺に、ただただ都合の良い展開に身を任せ続けて来た俺に、相手を唸らせるような言葉など吐ける筈も無い。


 だから。

 俺に出来るとしたら一つだけ。

 その場に土下座し、床に額をこすりつける事だけだった。


「頼むッ、正論を聞きに来た訳じゃねぇんだ!! 俺はただ、タンたんを生き返したい!! その為なら俺は何でも――」


「それを待っておったのじゃ!!」

 ビシッと、唐突にリバ子様が俺を指差す。

「お主ッ、今さっき『何でもする』って言ったなッ!?」


「え? いや、俺はまだ台詞の途中で――」


「『何でもする』って、言ったな!?」


「いやだから、まだ台詞の途中で――」


「言ったな!? 確かに『何でもする』って言ったよな!?」


「……言ったとしたら、何なんだ?」


「『何でもする』と言ったと、そう認めるのじゃな!?」


 ね、念押しが凄い。

 仮に俺がそう言ったとしたら何なんだ?

 一体何をさせる気だ?


 これは「何でもする」って言葉を認めない方が良い気も……いや、違うな。

 認めなきゃ話が進まない。

 主導権を握っているのは俺じゃなくてリバ子様であり、ここはリスクを承知の上で言うしかない。


「……あぁ、言った。『何でもする』って俺は言ったよ」


「よっしゃあッ!!」


 太い腕をクロスし、派手にガッツポーズされたリバ子様。

 その勢いで身体中の脂肪が「ぶるんッぶるんッ」と荒波の様にうねっており、今ならあの脂肪の上でサーフィンが出来るかも知れない、というどうでもいい感想はさて置き。


「いいじゃろう。わらわがその女を生き返らせてやる」


「え、マジで? さっきまで無理って言ってたのに……」


「お主が『何でもする』なら話は別じゃ。言っておくが、わらわの頼みはそう安くないぞ? それでもやるんじゃな?」


 ゴクリッ。

 俺はつばを飲み込み、それから「コクリ」と肯いた。



 ――――――――――――――――

*あとがき

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