9話:地獄の魔獣:ニャルベロス

 家の天井を破壊し、いきなり降って来た10歳の少女。

 そんな彼女をハンカチで眠らせたストーカー娘:タンたんに、俺は少女の正体を伝えた。


「こいつは『ネック』っていう子で、地獄の長“閻魔王の娘”だ」


「へ? 閻魔王の……娘?」


「あぁ。だから冗談でも消すって発言はマジでヤバい」


 俺が真顔で告げると、タンたんはキョトンとした顔で俺を見返す。 

 流石に閻魔王の娘だとは思っていなかったらしいが……いやしかし、この反応には俺も逆に吃驚だ。

 何故なら――。


「言っておくが、ネックがウチに来るのは別に初めてじゃないぞ? 俺を10年間もガチでずっと見てたなら、ネックがちょいちょいウチに来てたことも知ってると思うんだが?」


「ず、ずっと見てたもんッ」

 語気を強めて叫び、その後にタンたんはスッと視線を逸らす。

「昼間の内は、だけど……」


「昼間だけ? なら夜は?」


「……家に帰ってた」


「なるほどな」


 俺が頷くと、タンたんは何故か「隠し事がバレた」みたいな顔で悔しそうにしたが、夜に家に帰るのは当然だからそれでいい。

 むしろ夜中までストーキングしてたら「じゃあお前はいつ寝てんだ?」って話になるからな。


 とにかくこれで合点がいった。

 ネックがウチに来てたのは日が落ちてからだったので、タンたんが彼女を知らなかったのも当然。


「……愛人、じゃないよね?」


「当たり前だろ」

 どうしてそういう発想になる?

「コイツがウチに来る理由は、天国の神兵や地獄の魔獣と同じだ。『ヴァルハバラ』の違法転生者を捕まえる為、中でも別格扱いされてる俺を真っ先に捕まえて“見せしめ”にしようとしてんのさ。ま、こんな10歳の小娘に負ける俺じゃねーけどな」


 と言っても、俺もネックと同じでこの『ヴァルハバラ』では10歳な訳だが、まぁ俺は種族的にも強くて当然なドラゴン。

 加えてチートスキルも使えるのでネックに負ける理由は無い。


 が、その説明でタンたんが納得するかどうかはまた別の話か。


「タツヲちゃんにその気が無くても、この子にはあるかも知れない。タツヲちゃんは、世界で一番強くて優しくてカッコいいから」


「お、おう……」


 褒めて貰えて嬉しいような、逆に褒められ過ぎて嬉しくないような……。

 ここは素直にありがとうと言うべきか? それとも盲目的過ぎると諭すべきか?


 ――そんなことを考えていると、ネックが「うぅ……」と唸りつつモゾモゾと動き出した。

 まだ完全に起きてはいないが、どうやら睡眠薬の効果が切れてきたらしい。

 途端、タンたんが「むむっ」と眉をひそめる。


「もう起きるの? ……意外と早い」


「意外と早い、じゃねーよ。今度から人を眠らせるのは禁止な?」


「どうして?」


「どうしても何も、普通に考えて常識だろ?」


「……普通の常識、私にとって非常識」


「ラッパーかお前は?」

 悪い奴等はだいたい友達か?

「とにかく睡眠薬は禁止だ。わかったな?」


 俺が念押しすると、タンたんは不承不承といった様子で頷く。


「わかった。その代わりに、子作りしてくれるなら我慢する」


「何もわかってねーんだが?」


「大丈夫、タツヲちゃんはやればできる子だから。……はぁはぁ、子作りしよ?」


 ――ヤバイ。

 話が通じなさ過ぎてヤバイ。


 一周回って、タンたんがヤバイんじゃなくて、俺がヤバイんじゃないかと思ってしまう程だが……いやいやいや、そんな訳は無い。

 俺はせいぜい、まだ地球にいた時に学校の体育館前や校舎の屋上で「女の子の裸が見たい」と必死に祈祷していた程度だから、タンたんと比べれば可愛いもの。


 俺は全然ヤバくない。

 この『ヴァルハバラ』では「俺」と書いて「普通」と読み、「タンたん」と書いて「ヤバい」と読むのだ。


「うぅ、一体何が……おい女、オレ様に何をしたのだ!?」


 俺とタンたんが喋っている間に、どうやら完全に目覚めたらしい。

 フラフラとよろけながらも立ち上がり、閻魔の娘:ネックがタンたんに怒りの声を上げるが、当のタンたんは涼しげな顔でそれを受け流す。


「私は何もしてない、アナタが勝手に眠っただけ。子供は帰っておねんねの時間でしょ?」


「うがーッ、子ども扱いするな!! もう怒ったのだ!! よく知らないけどお前は敵なのだ!!」


 言って、バチンッと鞭で床を叩く。

 そして――叫ぶ。



「出て来いッ“地獄の魔獣:ニャルベロス”!!」



 するとどうだ?

 鞭で叩かれた床に魔法陣が生まれ、その魔法陣から“3つ首の猫が3匹”現れた!!



『『『にゃお~ん♪』』』



 大変愛くるしい鳴き声だが、そのサイズは家猫のそれではない。

 トラやライオンの倍はあろうかというサイズだ。


 それに、鳴き声こそ「にゃお~ん♪」と可愛らしいが……それが3つ首。

 1つの身体から可愛らしい顔が3つ並び、それが3匹なので合計で9つの首がタンたんを視界に収めている。

 虫も殺さなそうな可愛い顔がズラッと並び、一周回って逆に怖い。


「いけッ、ニャルベロス!! あのヤバそうな女を黙らせるのだ!!」


『『『にゃお~ん♪』』』


 9つの口を大きく開き、タンたんに襲い掛かる3体のニャルベロス達。

「きゃあッ!?」と悲鳴を上げたタンたんは、身を縮めてしゃがみ込んでしまった。

 先程までやけに強気に出ていた彼女だったが、どうやら戦いは専門外らしい。


「タツヲちゃんッ、助けて!!」


「あいよ」


 助けを呼ばれちゃ仕方がない。

 俺はニャルベロスの前に出て、9つ首を“手刀”で叩く。


 すると「ガキンッ」という甲高い音と共に、ニャルベロス達の牙がポッキリと折れた。


 途端『にゃお~ん!?』と悲鳴を上げたニャルベロス達が、俺から一旦距離を取る。

 たまらず「むっ?」とネックが顔をしかめる。


「何だお前ッ、あのドラゴン並みの強さなのだ!! 一体何者なのだ!?」


「何者も何も、お前の探してるドラゴンだよ。訳あって今は人の姿になってんのさ」


「むむっ、お前があのドラゴン? ……言われてみれば、雰囲気がちょっぴり似てるのだ。ドラゴンは人の姿にもなれるのか?」


「いや、タンたんに子作りをせがまれたら人の姿になったんだ」


「………………。……どういう事なのだッ!?」



 ――――――――――――――――

*あとがき

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