シーグラス蒐集
根ヶ地部 皆人
第1話
美奈子の趣味は波打ち際の漂着物の蒐集だ。
漂着物と言っても、海辺に打ち上げられていればなんでも、と言うわけではない。奇妙な形にねじれた流木であるとか、小さな生き物の死骸であるとか、そういうモノはむしろ避けて通るほうだ。
彼女が集めるのはシーグラス。砕けた
最初に見つけたのは、彼女がまだ小学校に入るか入らないかの頃。それが何かも知らず拾った緑色の硝子玉一粒から始まって、今では母親から譲ってもらった小さな宝石箱がほとんどいっぱいになるまで集めている。
現在も受験勉強で忙しい時期だというのに、目覚めたら朝食前に近くの海辺でぶらつく習慣は変わらない。
そんな美奈子がその日拾ったモノは、硝子片などではなかった。
海藻や小さな流木に混じってきらりと朝日を反射する光に、すわ!と駆け寄ってつまみあげたものは、小さな小さな赤い宝石を抱え込んだ、白金色の指輪であった。
一瞬、ほんの一瞬だけ美奈子は指輪をどうするか迷った様子であったが、すぐに交番へと駆けこんだ。砕けて削れた硝子玉とはくらべものにもならぬほど高価な、もしかすると誰かの思い出の品であるかもしれないのだから。
そして数日後、警察から美奈子へと連絡が届いた。
指輪の持ち主が、美奈子へそれを譲渡したいと申し出たのだという。
正しく言えば、持ち主ではなくその遺族が、であるらしい。娘の指輪であるが、その娘がすでにこの世のモノではない。若い女性が拾ったというならこれも何かの縁であろう。是非もらっていただきたい。との話だ。
一度は断り、さらに数日経ってまた困った顔でやってきた警官から愚痴混じりに説得され、結局根負けした美奈子はなにがしかの手続きのあとに指輪を受け取ってしまった。
彼女は指輪をシーグラスでいっぱいの宝石箱へは、入れなかった。
いや、最初はそこへしまおうかと箱の蓋を開けたのだが、そのまましばらく考えこんで、やはりなにか違うと考えたのであろう。宝石箱は閉め、指輪は勉強机の上に置いて眠ってしまった。
美奈子が寝息を立て始めると、明かりもないのに指輪の宝石がギラリと光った。
婚約指輪であった。
女が男から贈られ、身に着け、そしてなにやら面倒な話のあとに海に身を投じた時も指に嵌めていた指輪だったのだ。
石には意思が宿る。
それが求めていたのが自身を拾った美奈子への八つ当たりであったのか、それとも若く健やかな女の肉体であったのか、それは分からない。
ただ我々に分かるのは、指輪が美奈子を狙っているという事実だけである。
だから、我々もその身をもたげる。
水滴が集まり流れを生むように、小魚が群れて巨大な魚影を形作るように、集い、群れをなして宝石箱から飛び出し、ウミヘビのように身をくねらせて指輪に襲い掛かる。
勝負になどならない。
たかが人間一人の妄執など、一瞬にして打ち砕き、すり潰し、飲み込んでしまう。
美奈子が目覚めたら、転げ落ちた宝石箱から床一面にこぼれおちたシーグラスを見て絶叫するであろう。朝食前の日課の散歩をあきらめて、部屋の掃除にとりかかるであろう。
しかし、彼女がそこに指輪を見つけることはない。
嫉妬と羨望を内に秘めた赤い宝石も、もはや我々の一部、海の石となった。
美奈子が我々を、シーグラスを、海の
シーグラス蒐集 根ヶ地部 皆人 @Kikyo_Futaba
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