願う弟

「ん……んん…………んあ?」


 頭がクラクラする。


 瞼をゆっくり開けると何故か見たことのある孤独なシルエットが目の前に……。


 まぎれもないヤツか?

 

「………んん???……?」


「その名をどこでどうやって知ったのかは存じ上げませんが違います。ルーク坊ちゃま。」


 なんだ。セッテか。


 そう言えばこの地下牢の存在を知ってた可能性あったんだったな。

 しかし、なんでセッテの事をツンデレ系ヒロインの子と見間違えたんだ?


 ……あーそういえばあの子はネブラス家の子だったよな。それでか?


「……酷い傷です。回復魔法をかけましょうか?」


「いい。もう大分治ってるし、俺に回復魔法が効きにくいのは知ってるだろ?」


 膝枕から起き上がる。

  

「……なにがあったんですか?」


「ん……」


 口で説明するより見せた方が早いだろう。


「なんと……。」


「見ての通り人族では有り得ない闇魔法に目覚めた。」


「どうして……。」


「さあな。」


 俺の存在がゲームでは居なかったのはコレのせいだったんだろうな。


「全てを説明して下さい。」


「お前はコレのことを恐れないのか?」


「力は力です。悪でも正義でもありません。例え、それが歴史、物語や宗教に悪として見定められてるモノだったとしても、それを持ってしまっただけの人を悪として断じるべきでは有りません。」


「それは……ネブラス家の考え方か?」


「……そこまでご存知だったのですね。ですが、違います。私個人の考え方です。」


「ふーん……。」


「…………。」

 

「……分かった。全部言う。代わりに外で何がどうなってるかを教えてくれ。」


「はい。」


 そして、長い長ーい情報交換のはじまり~はじまり~



 ◇ ◇ ◇


 うーん頭痛が痛い。


 そんな面倒くさいことになってんのか。


 でも、俺が父上を殴り飛ばしたことがちょっと功を奏したのは良かったな。


「ロウェンとドナルド……2人は無事だったんだな?」


「はい、アッシュ様が間に入ったことでお二方の処刑がうやむやになり、免れました。」


「そうか。だが、それは一時的なものだな。父上が目覚めれば全てひっくり返る。」


 加えて団長の立場も危ないことになってる。

 

「…………それで本当ですか?」


「なにが?」


「ノエル公が王になるという……。」


「さぁ?そう言ってるんだから当てはあるんじゃねぇの?」


 正直、経済と薬で強化された軍隊を持って、王になったとしても良くて暗殺、悪くて革命で終わりそうだけどな。


「そもそも答えは父上の中にあるし、その答えもワザワザ掘り起こす程興味はない。」


「……そうですか。」

 

 それに―――

 

「ネブラス家……将軍様としての考えはどうなんだ?静観か?」


「いえ、逆賊ノエルに対しての証拠は充分集められました。ヤツが緊急で放った手紙鳥もこちらが撃ち落とし、そのお相手はこちらの状況を知らぬままここへやってくるでしょう。」

 

「……逆賊ノエルねぇ。そして薬……新星剤の帝国使者と引き合わせてその場で現行犯逮捕。で、兄上が成人するまで父上の名前を使いながら、領の運営をさせてもらうってところか。」 

 

 薬の名前が星の爆発と同じだなんてふざけてるにも程があるよな。……しかし逆賊かぁ……。もしかしたらテレストの情報も売ったりしてたか?

 

「…………やはり、薬の事をご存知だったのですね。名前までも……何故、今まで仰らなかったのですか?」


「子供の言うことなんぞ誰が信じるかよ。」


 証拠を持ってる訳でもない。


 そもそも薬のこと以外全部憶測だしな。


「私は貴方の事を信じます。」


「そりゃまた信用するヤツを間違えてるな。」


「いいえ、保身だけに走る者よりの貴方の方を信じますよ。」


 嘘つきってお前……。矛盾してるぞソレ。


「……嘘つきというのは少々語弊がありますね。」


「???」


「貴方は……迷路のようなもの。相手の欲しい甘い言葉でいざない、奇行や冗談で真実の価値を下げ、その真実の言葉でさえ本心を言わず、奥深くしまっているものに寄せ付けない。心の結界とは違う……心の霧。……そうですね。貴方は詐欺師と例えた方が良いでしょう。」


「余計質悪ぃーじゃねーか。」


「はい、質悪ぃーです。ですが貴方のその言葉で人が変わり、前に向うことが出来ました。貴方という霧から抜け、光を見せました。私ももちろんのこと、料理長のこと、あの二人の騎士も……そして――」


「――兄上のように……か。」


「……はい。」


 ……自分の言葉が誰かに届くなんて考えてもみなかった。

 

 でも……それでも――


「私達のことを信じられないのですか?」


「……ああ。」


 大勢の悪意の方が分かりやすいからだ。

 誰も信じなければ、裏切られた時に傷付かずに済む。

 孤独だって10年経てば何も感じなくなる。

 

「…………っ…。」

 

 …………。

 

「こんな話はここまでにして、これからの話を話そう。」


「そう……です……ね。」

 

「お前はこれから事が終わってもこの屋敷に居るつもりか?それとも任務完了で向こうに戻るのか?」


「恐らく、まだここにまだ留まるかと。アッシュ様の監視とういう名目で。」


「監視?傀儡にするではなく?」

 

「旦那様は魔族国や帝国相手にもう手一杯ですので、王国の反対側にあるこの領に手を伸ばせないでしょう。それにあの方はそんなことをしません。」


「する、しない人かなんて俺には分からん。そんなこと言われても俺はネブラス公に会ったことないし、どういう人物なのか知らん。」


 ゲームでは勇ましくて、主人公に厳しい印象しか無かったしな。

 あとイベントで娘のコルネリアを溺愛しているくらいか?

 

「……貴方の方は……これからどうするのですか?。」


「ここで少しだけ待ってから出ていくよ。」


「……あなたのことですからすぐにでも出ていくかと思いました。」


 まったくだ、本当に。


「でも、それだけ分かれば安心でございます。」


「なにがだよ?」


「…………。」


 答えてくれなかった。


「では、ここの鍵を――」


「いらねぇ。鍵なんてなくても出ていけるしな。」


 闇でのみ込めばこんな牢、無いも同然だ。


「そうですか。」


 …………。


「…………なぁ。」


「なんでしょう?」


「あいつは……兄上は……まだ何も見ちゃいねぇんだ。」


「……。」


「大人の事も、大人が作った世界も、まだ……何も見ちゃいねぇんだ。」


 俺みたいに色々と見過ぎて、腐り堕ちて、果てに違う人間の人生ルークの半身になる程未練がましい亡霊真吾とは違う。


 あいつはまだ何も見ちゃいねぇんだ。 


 でも。 

  

 これからなんだ。


 あいつはこれからの舵を握れるんだ。


 例え、台本通り全てを燃やし尽くす大悪になったとしても。


 例え、台本とは違う真っ当な領主になったとしても。


 例え、領主の重責から逃げて自由を求めたとしても。


 全ては自分の責任で生きていられる。


 俺とは違う、人として生を謳歌出来る。


 だから――


「――あいつが自分の人生の結論を出すまで……隣に居てやってくれないか?」


「…………なぜ?それは貴方が直接――」


「――頼む。」


「……っ……何故ですか!?私達おとなを信じていないのではなかったのですか!?」


 信じていないさ。


 信じていないが俺には何もないから。


 だから俺は――


「願うしかないんだ。無価値と判断して無視してもいい。なにも聞こえないフリしてもいい。」


「っ……良いでしょう!誓いましょう!このネブラス第3騎士団団長セッテリエ・ヴィ・ネブラスがアッシュ・ヴィ・アストラの生への結論を見出すまでに見届けましょう!ですが!貴方にも誓ってもらいますッ!!」


 なにを……?


「貴方も生きてください!貴方も自分の人生を生きて、世界を知って、新たな結論を見出してください!世界は……黒だけではないんです!」


 残酷なことを言う……。


「……約束してください。それまで私が必ずアッシュ様の隣に居りますので。」


 約束……。


『向こうに戻れたら助け合おうね?約束だからね?』『必ず返すから。約束。』『俺には大きい車だからな?約束だからな?』『弟妹達のために頑張ろう!約束ね?』『中学卒業したらすぐ働いて私を助けてね?約束だからね?』


 …………。


 小指だけ立てて拳を上げる。


「……それは何ですか?」


「ゆびきりだ。」


「ユビキリ?」


 我ながらガキくさいことを思い付くもんだ。

 

「嘘付いたら針を千本飲むんだ。」


「なんです?その恐ろしい拷問は。」


「言葉の綾ってヤツだ。子供が良く使う感じの。」


 歴史的なものだったらアレだけど。 

 

「良いでしょう。こうすればいいんですね?」


 ゆびきりして歌を教える。


「いいか?せーの、」


「「指切りげんまんユビキリゲンマン噓付いたらウソツイタラ針せんぼん飲ーますハリセンボンノーマス指切ったユビキッタ。」」


 前世含めてやったことのないものだが不思議な感じがするな。

 

「これで……良いのですか?」


「ああ……少なくとも生きることだけなら最初からの目的だしな。」


「……そうですか。」


 最初から生きることだけ目標だった。


 世界とか、物語とか、正直どうでも良かった。


 セッテは牢から出て、また鍵を掛ける。


 またここに残される。


 そして、待つ。

 

 兄がここに辿り着くことを願って。


「はぁ……。」

  

 俺は壁を背に、この空の見えない地下牢の壁をそう願いながら見つめた。

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