第44話

――ピンポーン


「あれ……今日は寧々も沙羅も来ないって言ってたのに……」


 ここ最近毎日どちらかが来ていたのに、今日に限って二人とも予定が合わないと連絡があった。

 週末だし各々色々あるんだろう。

 だから今日、誰かが来るとは思っていなかったんだが……。


「大吾……?」


 ドアスコープの向こうには、何故かテレビで映っている大吾が立っていた。

 いやまあそうか。今テレビにいるのは別に写真でしかないんだし、そもそもこれだって生放送ではないはずだ。

 だから不思議なことじゃないんだけど……。


「いるんだろ? 開けてくれ」

「ああ」


 扉越しに声が聞こえてきたのですぐに開けた。


「久しぶりだな」

「俺はたった今顔を見たばっかだったけどな」

「おお、そうか。今日だったか」


 あっけらかんと言うあたり、やっぱり本命はこれじゃないんだろう。


「まあとりあえず、入るか?」

「いや、ここでいい」


 それだけ言うと大吾は携帯を取り出して何やら操作し始める。


「なんだ……?」

「メッセージ、確認してくれ」


 わざわざ目の前にいるのに回りくどいことをするなと思って確認すると……。


「住所? なんの……?」


 一応地図を開くと、そんなに遠くない飲食店が表示される。

 俺の疑問に答えたのは目の前の大吾ではなく、その大吾が書いたメッセージの方だった。


『リヨン氏が待ってる場所でござるよ』

「――っ!?」


 大吾の顔を見る。


「……一応言っておくけど、リヨン氏に出来たのはその場所に呼び出すだけだ。アキが行くことまでは伝えてるし、それで同意も取れたけど……行ったあとのことはわからない」

「なんでそんな……」

「そりゃ、そうしたほうがいいと思ったからだよ。このためにモデルなんて引き受けたわけだし」


 全然話についていけない。

 だって今リヨンはテレビに映っていて……いや生放送じゃないって言ったばかりだ。

 いやでも……。


「リヨンが……?」


 なんで今更とか、どうやって呼び出したとか、なんか色んな言葉が出かけては詰まっていく。

 疑問は尽きないが、見かねた大吾が話してくれた。


「アキの名前出して、会う機会作るって言ったらすぐ飛びついてきたぞ」

「え……」

「リヨンとしてのアカウントがなくなって二週間だし、何か心境の変化とかもあったかもしれないけど……向こうもアキに会えないのは結構堪えてたんじゃないのか?」

「じゃあ、リヨンは別に自分でアカウントを消したわけじゃないのか……?」

「いや……このへんは本人と話したほうがいいだろ。というか俺もよくわかってないんだよ」

「そうなのか……?」


 謎は深まるばかりだ。


「俺がやったことといえば、ステラが所属してる事務所のスカウトに連絡して、モデルやる代わりに前川理世と話がしたいって言ったくらいだ。ちょうどよくゲームコラボなんて話があったからそこに当てこまれて、打ち合わせで話してきた」


 ここまで真剣だった大吾が、初めて少し笑みを見せて言う。


「俺が焼き魚定食だって言っても全然信じてくれなくてさ。でもまあ、アキの名前出したら一発だった」

「そんなことが……」

「逆に言うとさ、それ以上は何もしてない。沙羅が何かやってたかもしれないけど……いや待て、沙羅は迷惑かけてないよな!?」


 急にいつもの調子になってそんなことを言ってくる。


「大丈夫だよ。助けてくれただけだ」

「ならいい」


 ほんとに、助けてくれた。

 寧々とはテンポこそ違うが、だからこそ助けられた。

終始俺を元気づけてくれようとしていることは感じ取れたしな。

 今度ちゃんと、お礼しないといけない。


「さて、とりあえず場を整えはしたけど、あとはアキ、お前次第だからな」


 大吾が俺の目を真っ直ぐ見て、そう言う。


「大丈夫か?」

「正直、自信はない……会ったところで、どうしたらいいかわからないってのが正直なところだ」


 これが本心だった。

 改めて別れを告げられるだけかもしれない。

 元の関係に、と言っても、どの時点の関係かなんてまるでわからないんだ。

 少なくとも今俺とリヨンには、一般人とアイドルという致命的なまでの立場の違いもある。

 リヨンではなくなったアイドルと会うと思うと、少し……いやかなり緊張するというか、それでなくてもどうしていいかわからない思いがさらに強くなるんだ。

 そんな俺の思いを見抜いたかのように、大吾がこういった。


「はぁ……。どうしたいかなんて、自分だけで決めりゃいいんだよ」

「自分だけで……?」


 大吾が笑う。


「今の悩みなんて全部、相手のことを頭に入れてるから何もできなくなってるんだよ。いいかアキ。まずはアキ自身がどうしたいかだけを考えろ!」

「俺自身……が?」

「そうだよ。相手がアイドルだとか、勝手に消えたとか、そんなことは関係ない。会う以上リヨン氏はアイドルの前川理世じゃなく、リヨンとして会いに来る。そのリヨン氏と、前川理世じゃなくほかならぬリヨンと、このままでいいと思ってるのか!?」


 大吾が俺の肩を掴んで、真剣な表情で訴えかけてくる。

 俺自身が……。

 そしてリヨンとこのままでいいか……。

 ああそうか。確かにその通りだ。

 そう考えれば、答えはシンプルだ。


「このままでいいはずがない」

「なら、行ってこい。まだ時間はあるから」


 大吾が背中を押してくれる。

 会って何を話すかなんて全く決まらないし、頭の整理は一向につかない。

 それでも、足が勝手に動き出すような、そんな背中の押され方だった。


「ありがと」

「ああ。感謝するなら俺のモデル活動が程よくすぐに終われるように祈っといてくれ」


 断っていたスカウトに連絡したくらいだ。

 このためだけに動いてくれたことも、大吾の人となりを考えれば想像が付く。

 義理堅いしまぁ、人気が出てるうちは辞めるに辞められないだろうしな……。


「悪いな」

「別にそう思ってほしいわけじゃねえよ」


 それもわかってる。

 そして……。


「いつまでも俺と喋ってる時間はねえだろ」


 その言葉も、大吾の口から出てくることは予想できた。

 大吾を玄関前に残しながら、すぐに走り出して地図の店に向かっていった。

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