第45話

「アキくん……」


 店に入った瞬間、すぐに目が合った。

窓側の席でリヨンが気まずそうに微笑んでいた。

 前川理世じゃなく、間違いなくリヨンだ。

 だからこんなファミレスで一人でいても、誰にも気づかれなかったんだろう。


「リヨン」

「あはは……ごめんね? 色々……色々、迷惑かけちゃった」


 謝らせたいわけじゃない。

 そりゃ文句も言いたくなることもあるけど何より……。


「また会えて、良かった」


 そう伝えた途端。


「ごめん……ごめんね……」


 泣きだすリヨン。

 静かに、周りには気づかれない程度にひっそりながらも、その涙は止まらない。

 落ち着くまでは待つほかないだろう。

 別に焦る必要はない。こうして会えたんだから。

 しばらくそうしていると、リヨンがようやく顔をあげた。


「ごめん」


 再び謝られてしまうが、とにかく話をする意思表示はもらえたということだろう。


「色々話が聞きたいんだけど、大丈夫か?」

「うん……」


 さて……。

 とは言ったものの、何から切り出せばいいかわからない。

 そんな俺を見かねてか、リヨンの方から話し始めてくれた。


「私ね、怖かったんだと思う。いや……今も怖い」

「怖い……か」


 真意がわかるまでは続きを促すしかない。


「もう知ってると思うけど、私アイドルやってるんだよね」

「それはまあ……」


 もはや今更感が強い。

 向こうも分かり切っていることだ。笑いながらすぐ続けた。


「あは。そうだよね……。でもアイドルってわかったうえでだと、ちょっともう、アキくんとは仲良くなりすぎちゃったと思うの」


 リヨンがまっすぐ俺を見て言う。


「リヨンのままなら、これでもいいかと思ってた。でももう、そういうわけにいかなくなった。これから私は、前田理世として、アキ君とぶつかる必要がある。それがね、怖かったの」


 なるほど……。

 ん?


「前田……?」

「あ、そか。本名だよ。一応アイドルの時は名前変えてるの。あんま変わらないけど」

「ああ、そういう」

「あはは。こんな形で本名教えることになるとはなぁ」


 リヨンが……いや理世が笑う。

 そういえば確かに、最初に会ったときにそんな話もしたな。

 逆に言えばここに至るまで一度も、本名に触れてこなかったわけだ。


「理世って呼んだ方がいい……のか?」

「ま、待って。ちょっと本名は刺激が強いかも」

「じゃあリヨンか」

「いや、それはもったいない気もするというか……」


 なんなんだ……。

 とはいえちょっと、調子が戻ったのは良かった。


「とにかくさ。リヨンとしてだけの付き合いじゃなくなっちゃうのが、怖かったの。アイドルとしての責任みたいな話もあるけど、何より多分、アキくんに全部分かったうえで、リヨン以外の私も見られたうえで付き合っていくのが、怖かった」

「なるほど……」

「だから逃げちゃったんだなって、今はわかる。あのときはね、アイドルとしてあのままリヨンを続けるわけにいかないと思って、でも中途半端なことしたら未練しか残らないと思ったから、全部諦めるために消したんだけど……ごめんね。アキくんのほうにそこまで影響が出るなんて、考えてなかった」


 申し訳なさそうに、ただそれでもちょっとその表情の中に隠しきれない感情を宿しながら理世が言う。


「……なんか喜んでないか?」

「そ、そんなことないよ?!」


 明らかに悪い笑みが垣間見えたんだがまあいいか……。

 とにかく俺に知られたことでテンパったことはわかった。

 アイドルとしての責任感と、中途半端では断ち切れない程度の想いがあったということか。

 理解は出来るし、光栄な部分もある。


「逆になんで今日、あってくれたんだ?」

「だって焼き魚定食氏が! アキくんが今にも死にそうだからとか言うから!」


 あいつそんなこと言ったのか……。


「あ、ちなみに死にそうだったっていうのはなんか妹ちゃんの話だったとか言ってたけど……まあとにかく、思った以上のことになってて……ちょっとうれしく……違うの! そうじゃなくて……会わないわけにはいかないと思ったの」


 もう突っ込みは置いといてこれだけ確認しよう。

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