第41話
「お兄! いるんでしょ! 開けて!」
ガンガンと扉が叩かれる音がしている。
あの日から一週間。自分でも驚くほどに無気力な日々を送り続けていた。
学校こそ一応通えているものの、ポストには郵便物が溜まり、洗い物は詰みあがって食器がなくなったせいで、最近はもっぱらコンビニ弁当が主流になった。
もちろん、箸はつけてもらっている。ただその箸すら一度もらい忘れて、そのまま弁当を腐らせかけたほど、家のことは何も出来ていなかった。
「お兄!」
流石にでないとまずいか。
重い腰を上げて玄関扉の鍵を開けた途端……。
「遅い! 大丈夫!? 顔がひどい!」
「悪い」
「いやいや今のはそういう反応を待ってたわけじゃなくて……え……部屋もやばいし……ほんとに大丈夫?!」
寧々が心配しながら部屋の様子を見渡す。
客観視されるといかにひどい生活になっていたかわかる。
洗濯物もその辺に放置されていた。
「お兄!」
寧々がすごい形相でこちらに詰め寄ってきた。
そりゃそうだろう。ここまで人として崩壊した生活を見せつけられたら、親戚として怒りも湧き起る。
そう思っていたんだが……。
「なんで私に連絡してくれなかったの!」
「え……」
気付けば寧々に抱きしめられていた。
頭を胸に押し付けるようにぎゅーっと力をこめられる。
「コンビニでよく話す子……沙羅に聞いてきた。お兄の様子がおかしいって」
柔らかいしふくらみが大きいおかげで息苦しさはそれほどない。
おかげで思考だけはクリアなままに、寧々の話が耳に入ってくる。
「何があったか話して! いい!? 話すまで帰らないから! ああでも整理する時間は必要かな……ひとまず部屋片づけちゃうけどいいよね」
パッと俺から離れて、俺の顔をじっと見つめて聞いてくる寧々。
「……ああ」
回らない頭で返事をした途端、寧々がテキパキと動き始める。
長い付き合いだったが初めて見る動きの早さだった。
そこら中に転がっている洗濯物をまとめて洗濯機を回したと思えば、足元のゴミを回収してごみをまとめ、流れるように溜まりに溜まった洗い物を片付けていく。
キッチンに立っていることすら新鮮だというのに、同時にしっくりくるほど見慣れた光景にすら見える。
失礼な話ではあるが、あり得ない光景と思ってしまったせいで、頭が刺激された。
数日ぶりに思考がクリアになっていくのを感じる。
「あ、ちょっと目に生気戻ったじゃん。やっぱおっぱいが良かった?」
「おい……。でも、ありがと」
「ふふ。いいよ別に。いつもお兄に助けられてるし」
柔らかな笑みが心に重くのしかかっていたモヤを晴らすようだった。
寧々が別れるたびにここに来ていた理由が、なんとなく理解できた気がする。
「で、お兄の様子がおかしいとは聞いてたけど……ほんとに何があったの?」
「いや……」
何から話せばいいか。
そもそもこんな話、どう取り繕っても情けなくて話しにくい。
色々考え込んでいると……。
「お兄。私はどんなお兄でも嫌いにならないし、どこにも行かないから、安心していいよ」
いつの間にか正面に座り込んでいた寧々が、顔を覗き込みながら真剣な表情でそう言う。
その安心感で、自然と言葉が溢れた。
「リヨンと、連絡がつかなくなった」
「なるほどね」
それだけ。寧々はそれ以上何も言わず、続きを待ってくれる。
「デートした次の日から急に、アカウントを全部消したみたいでさ……。共通の友達に聞いても同じで、ほんとにすっかり、リヨンって存在が消えちゃったんだよ……」
俺の前から姿を消すだけならまだ良かった。
いや、よくないかもしれないけれど、それでもまぁ、そこに居てくれるだけでという思いがある。
だがもう、リヨンそのものが消えてしまったのだ。
「リヨンはアイドルだから、別にもう見られないってことはないんだけどさ……。前川理世がリヨンだと言われても、そうじゃないって気持ちしかない」
「待って?! それは初耳なんだけど」
「あ……」
そういえば言っていなかったかもしれない。
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