第32話
「まあ、先輩は普段からスタイルいい子に囲まれてるっすから、こんなちんちくりんだと興奮しないかもしんないっすけど……いいっすよ別に、他の子とのハメ撮りとか見ながらシてもらっても」
「大吾! 早く止めろ!」
「兄妹の方がこういう会話は気まずいしきついんだよ!」
お互いテンパっていた。
マイペースなのは沙羅だけだったが、俺たちの様子を見て一応落ち着いてくれたらしい。
「その気になってくれたらいつでも言ってくださいっす」
「……一応、わかった」
「わかっていいのか」
大吾からツッコまれるが深く考えないでおこう……。
まあとにかく、一旦嵐は過ぎ去ったと思ったんだが……。
「そういや先輩。この前来た時も思ったっすけど、やっぱ本命は写真飾ったりするんすね」
沙羅が突然そんなことを言う。
「ん?」
うちに写真なんて一枚も飾っていない。
それに本命って……。
「リヨンのことか?」
「名前はわかんないっすけど……。これ、あの時の子っすよね?」
そう言って沙羅が指す方向にあったのは……。
「え?」
ステラのセンター。
前川理世のポスターだ。
曲が好きなのもあるが、カレンダーが付いているのでそのまま飾ってあっただけなんだが……。
「似てるか?」
リヨンと理世。
名前以外には何も結びつかずキョトンとする俺に、沙羅が言う。
「メイク変えててもあの距離でじっと見てたらわかるっす。似てるとかじゃなく、本人っすよ」
「いやいや」
相手は今もテレビに引っ張りだこのアイドルだ。
あり得ないと否定しようとしたんだが……。
「先輩。リヨンって子と遊んだりゲームするんすよね? 忙しい時期とテレビとかの活動照らし合わせて考えてみて欲しいっす」
「え……」
目が真剣だ。
そしてゲームをするのは俺だけじゃなく、大吾も。
その大吾が……。
「沙羅のこういう感覚は外れないし……確かに言われてみたら、リヨンがゲーム断ってた時期と、スタラのライブツアーの時期がかぶったりはしてたな」
それだけなら偶然かもしれない。
だが、大吾が言った沙羅の感覚という部分が引っかかる。
「一応照らし合わせてみるか……」
過去のやり取りをさかのぼる。
会ったのは最近とはいえ、ゲーム仲間としての付き合いはもう少し長い。
ステラの活動のすべてが見えるわけではないとはいえ、ライブなんかのリアルイベントは外からでも追える。
その結果……。
「一応、一致はしてる」
これが全てではないとはいえ、すぐに否定する材料が無くなったことになる。
「むしろ先輩、あれだけ合ってて気づいてないんすか? ポスターもあったのに」
「ポスターもリヨンも、まじまじと顔を見ることがないというか……」
「だからっす。ちゃんと見たらすぐわかると思うっすよ。そんな簡単に隠せるようなオーラじゃないっす。あれ」
「それは……」
その一言が一番、納得感があった。
「俺はリヨン氏と直接会ったことないからわからないけど、そうなんだな」
大吾の確認がより一層、俺の中で答えを確定させていく。
「だとしたら俺、結構やばいことしてないか……?」
「先輩たちがどこまで進んだかは知らないっすけど、まぁヤることヤったんすよね? 先輩」
「え?」
「ほらこれ。一個減ってるじゃないっすか」
「それは違う!?」
ゴムの箱を手に沙羅が言う。
寧々のせいで状況が悪化していた。
いや元をただせば元凶は目の前にいる沙羅に他ならないんだけど。
大吾に説明しておきたいのに沙羅はあっさりこの件は流して話を進めていく。
「まあそこはいいんすけど、アイドル家に連れ込んでたのは確かにバレるとまずいっすね。まあ大丈夫っすよ。よく見ないとわかんない程度には変装出来てるんで」
「あれ……変装だったのか」
「少なくとも自分が見てきたタイプとは違ってたっすね。中身は」
見てきたタイプ、というのは、あの服装についての話だろう。
地雷系ファッション。
リヨンは中身に地雷感がないとは思っていたが、ある意味特大の地雷を抱えていたということになる。
何もなくて良かったし、色々腑に落ちる部分はあった。
……じゃあ俺が会ってたリヨンって、どこまで本当だったんだろうか。
考えこもうとしたところで、誰かの腹の音が鳴った。
「食ってこなかったのか?」
「先輩もこの時間ならまだっすよね? 普段」
「まあ……」
普段のそんな話を沙羅にした覚えはないのは一旦置いておくとしてその通りだった。
「実はお詫びも兼ねて食い物は結構持ってきたんだ。一緒にどうだ?」
「いいな」
大吾が鞄を広げて総菜パックを並べていく。
デパートで売ってるちゃんとしたやつというか、結構値段がしそうなやつを買って来てるな……。
「ほんとはお詫びに置いていこうと思ってたんだけどな」
その一言で大吾の人となりがわかる。
二人が残る方向で考えてくれたのはありがたい。
これだけ衝撃を残して置いていかれたんじゃ多分、飯も喉を通りにくかっただろうからな。
「あ、自分これ好きっす」
「お前は後で。先にアキに選んでもらってからだろ」
「いいよ。それは沙羅にあげる。俺はこっちの方が好きだから」
「やったっす」
そんなやり取り。
大吾があんまり甘やかさないでくれと言っていたが、別にうちでならいいだろう。
「温めるものあったらやってくる」
「あ、それは自分がやってくるっす」
そんなやり取りをしながら、三人で飯をつつき合った。
その時間はひとまず、色々衝撃的だった事実を少しだけ、忘れられたのだった。
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