第19話

「部屋の掃除は……こんなもんでいいのか?」


 よくよく考えてみると一人暮らしになってから人を呼ぶことすらなかったからな。

 この歳で一人暮らしは珍しい。

 学園に入ってから親の転勤が決まり、母親ごと引っ越しをした結果俺だけこの地に残されたというわけだ。

 元々賃貸のマンションだったが、一人だと持て余すので両親の引っ越しのタイミングで学園の近くのアパートに引っ越してきた。

 意外にも学園の友達のたまり場になるようなこともなく、平和に過ごしてきたのだが……。


「こんなことなら人を呼ぶ経験くらいしておいても良かったかもしれない……」


 勝手に来る寧々は例外だ。

 実家暮らしのときは意識したこともなかったが、普通に暮らしているとお茶菓子はおろかお茶すら切らしてることも多い。

 浄水器が付いているから別に買ってくる必要もないし、お茶だってたまに沸かして冷蔵庫に入れておけば事足りるが……。


「流石にリヨンに出すなら何か買ってきておかないとだったな……」


 考えても後の祭り。

 今から買い物に行くと入れ違いになる可能性もあるし……。


「一緒に買い物してもらうか」


 大吾曰く、家に人を呼んでも気を使いすぎないほうがいいらしい。

 家に二人きりならむしろ、相手にも洗い物を手伝ってもらうくらいが程よい距離感を産むと言う。

 大吾との会話を思い出す。





「いいか? 逆に考えろ。おもてなしされまくっても居心地悪いだろ?」


 ドリンクバーでよくわからない混ぜ方をした飲み物に口を付けながら大吾が言う。

 失敗したんだろう。ちょっと眉をひそめてコップを睨みつけていたが、百パーセント自分が悪い。


「適当でいいってことか?」

「程よくな」


 飲み物のことを諦めて俺に向き直った大吾が言う。


「例えば一緒に買い物に出てもいいし、一緒に料理して片づけしてもいい。相手に自分の家くらい居心地がいいと感じさせるのが大事だ」


 熱弁が続く。


「食器の場所を相手に把握させて、飲み物くらい自分で入れられるようになればいい。なんならアキがいない日に勝手に部屋にいても気を使わないくらいになればまたいつでも来るようになるだろ?」


 勝手にレモンティーを置いて行った寧々のことを思い出した。

 あいつは確かに、そのくらい気を使わないからこそ何回も来ているんだろう。もっとも食器の場所を知っていても俺にやらせるんだが……それは今はいい。

 とはいえリヨンの場合は……。


「それでいいのか……?」

「そのくらいの居心地の良さが大事だ。ただ最初だけは掃除をちゃんとしておくといい。なんだかんだ言っても知らないやつの家にいきなり言って衛生面が合わないと思ったら終わりだからな」


 妹が潔癖気味だからいつも文句を言われていると笑っていた。

 いや待て……。


「大吾は一人暮らしってわけじゃないのか」


 だったら経験がないんだしこの話もどこまで信用して良いのかと思ったが……。


「まあな。でも、逆はあるぞ?」


 さらっと爽やかな笑顔で言われた。

 深く聞きたくないな……。

 大吾はというと、失敗したドリンクを諦めて二人で頼んだポテトをつまみながら言う。


「むしろ、今回は逆の経験値の方が大事だろ?」


 ニヤッと笑うイケメンの目力にはやはり、謎の説得力があった。

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