第4話


「うぅ……今回は本気だったのに……」


 そしてそのまま、俺の太ももに顔をうずめてそうつぶやいた。

 これもまあ、いつも通りといえばそうなんだが……。


「本気ならそういう機会も出てくるんじゃないのか?」


 俺もレモンティーを持ち上げようと手を伸ばしながらそう言う。


「順序があるじゃん! 痛っ!」


 ちょうどガバッと顔を上げてきた寧々が俺の肘に頭をぶつけて再びうずくまる。

 レモンティー持つ前で良かった……。危ない……。


「うぅ……」

「悪い……大丈夫か?」

「撫でて」


 突っ伏したまま顔だけ上げてそう言ってくる。


「はいはい」


 このくらいの要望はもう慣れたものだ。


「あーあー。そう。先輩もこうやって優しく撫でて……いや、この感触はその前の先輩に近いかも? でも去年ちょっと付き合った人もこんな感じだった気がする」

「人の手を元カレと比べるな」


 こうして会うのが、毎回別れた合図というわけだ。

 大体月に一、二回来る。

 こうして考えると結構な頻度だな……。

 そんなことを考えていると……。


「んー……というかお兄、なんか撫で方変わった?」

「え?」

「なんというか……寧々に向けられてないというか……でもちょっと女を意識してる気がするというか……」

「どういうことだ」


 身体を起こしながら考え込む仕草を見せる寧々。

 そして……。


「私以外に最近、誰か撫でた?」

「え?」


 鋭い。

 そしてちょっと表情が怖い。

 なんでだ……。怒られる理由もないのになんか圧がある。

 リヨンと会ったあの日、ゴールには至らなかったものの、身体を密着させるシーンもあれば、頭を撫でるくらいのことは、普通に起きていたわけだ。

 ただなんでそれがわかるんだ……。野生の勘……?


「撫でたでしょ。撫でてなくてもなんかそういう相手出来たでしょ! 絶対そう!」


 変なテンションのまま顔を近づけてくる寧々。


「お兄は私のなのに!」

「別に寧々のじゃないだろ!?」


 一人称が私になるときは真剣なときが多い気がする……。いやそんな変なところで真剣になられても困るんだけど……。


「誰?」

「誰って……」

「お兄に彼女が出来るならせめて寧々の認めた相手がいい! あのポスターの子くらい可愛かったら認めてあげる!」

「無茶言うな!?」


 バンッ、と指さす先にあるのは人気アイドル前野理世のポスター。

 白の衣装がよく似合う清楚キャラで、五百年に一人の美少女なんて言われる存在だ。

 そんな存在お近づきになれるはずもないだろう。舞台と客席の距離感、その最前列ですら少し遠いくらいの相手なのだ。

 物理的にも、お金の意味でも、心理的なハードルでも……。

 まあそもそも、そういうものとして見ていないから考えるまでもないんだが……。

 そんなことを考えていると寧々は急にさっきまでの剣幕を押さえてケロッとこんなことを言う。


「まあ、お兄なら別にすぐ彼氏彼女とかにならないだろうしいっかー」

「急に冷静になったな……」


 さっきまでの勢いが突然なくなって、また膝に寝転んで俺の顔を見上げてくる。


「というかむしろお兄に彼女とか出来たら話してみたいし楽しいかも。どういう相手なの?」


 コロコロ感情が動きすぎて振り回される……。

 そのせいで……。


「どういうも何も、何も起こらずだったからな」

「やっぱいるじゃん、そういう相手」


 ジト目で睨んでくる寧々。

 嵌められた……。


「というかどういうこと!? 何も起こらずって少なくともデートまでは行ってるの!? マッチングアプリ!? いい男と出会えるなら私にも教えて!」

「違う違う。ゲームの友達だ」


 もうバレたならある程度入った方がいいだろうと諦めて白状する。

 というかそもそもそういうサイトを使っていたとしても俺は男との出会い方はわからないだろうに……。そういうのもあるかもしれないが少なくとも俺は女の子との出会いに使うだろう……いや待てそうじゃない。


「最近はゲーム内でマッチングしたら、その相手とメッセージや通話のやり取りが出来るし、相性が良ければそのまま一緒に遊ぶために外部ツールでも連絡を取り合うようになるんだよ」


 変に誤解されるよりマシかと思って説明をする。

 とはいえ俺にそういう相手は多くないというか、リヨンとしかそこまでの関係に発展したことはないんだが……男女問わず。


「へぇ……。そんな出会い方あるんだ」


 なんか変な知識を与えてしまった気もする……。


「まあそれはそうとさ、どこまで行ったの?!」

「いや……それが……」


 考え方を変えれば、これはいい機会かもしれない。

 もうこの際だから経験豊富そうな寧々に相談するとしよう。


「この前初めて会って以来なんとなく、連絡取れなくなってた」

「はぁ? お兄、なんかやらかしたの?」

「いや……それは大丈夫だと思うんだけど……」


 逆に何もヤらなかったことがやらかしといえばそうなのかもしれないんだけど……。


「まあお兄の場合何か嫌なことするというより、何もしな過ぎて脈なしになった可能性もあるけど……」


 見てきたかのように見抜かれていた。

 何も言わないでおこう。

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