第3話

「え……」


 部屋に飾られていたポスターをぼーっと眺めていると携帯が震えた。

 いやそこまではいいとして……。


「これ……リヨン!?」


 もう連絡はないと思っていた相手からの通知。

 幸い電話ではない。この通知はメッセージのものだ。

 内容はまだ見えないが……。

 すぐ返したいけど見るのが怖い気持ちもある。

 とにかく今一人でこの連絡と向き合う度胸と気力が……と思っていると……。


――ピンポーン


 今の俺にとっては救いとなるインターホンが鳴らされた。

 一旦思考を放棄してそちらへ対応することにしたんだが……。


「お兄~。早く開けて~」


 間延びした声が部屋にまで届いて来る。


「……寧々か」


 今下寧々。

 親戚の子でこうしてたまにうちに来ては……。


「お兄~」

「はいはい開けるから……」

「ねえ、死にたい」


 愚痴を言いに来る相手だった。


「いきなりそう来たか……」

「だってさー。付き合った先輩がまたすぐエッチしたがって」


 インナーカラーが目立つツインテールに涙袋の目立つメイク。

 黒のスカートにピンクのシャツ。

 リボンや肩の露出、その他フリル……。

 リヨンを見て地雷系と断定し、警戒した理由の一端は、この妹のような少女にあると言えた。

 黒がメインだったリヨンに比べるとピンク要素が強くファンシーな印象だ。

 これは寧々の普段を考えれば通常通りの恰好ではあるが、それでも少しいつもより気合の入っている。

 おそらく、デートか何かの予定があったはずだ。

 慣れた手つきでコートを定位置にかけながら、軽い調子で死にたいなどと言う寧々に、一応これだけ言っておく。


「付き合ってるのに男の家に来るもんじゃないぞ」

「別れたよーもう。あ、私レモンティーがいいー!」


 軽い……。

 それに……。


「そんなものが一人暮らしの男の家にあるわけないだろ」

「えー。寧々この前置いて行ったじゃん」

「え……?」


 知らないぞそんなもん。


「ほら、ここ! お湯入れるだけで出来るからー」


 いつの間に……。

 引き出しを開けて箱だけ取り出し、後は任せたとキッチンから離れていく寧々。

 もはや自分の家のようにくつろぐ寧々を見ながら、お湯の準備を始める。

 わがままな妹という感じだな……。

 なんだかんだでこうして甘やかすからそうなったんだろうと思いつつ、そこまで嫌ではない自分もいる。


「はぁ……。なんで寧々の相手っていつも身体目的なんだろー」

「なんでだろうなぁ」


 レモンティーの説明書を眺めながら相槌を打つ。

 ティーパックではなく粉末を溶かして飲むものだな。箱を開けるとスティック状の入れ物がいくつも出てきた。


「お兄だけは私のことそういう目で見ないもんね?」

「まあ……妹みたいなもんだしなぁ……」


 それに加えこの裏の顔を知ってるというのもある。

 確かに可愛らしい容姿だし、男に隙を見せているわけだし、惹かれるのもわかるんだが……。

 その隙はおそらくわざとだ。

 見えてる地雷を踏み抜きにはいかないだろう、普通。


「妹みたいって言ってくる男、大体すぐエッチしたがるんだけどなぁ。でもお兄は信頼してるー」


 要望通りレモンティーを二人分入れてテーブルに持って行って隣に座ると、すぐ寧々が肩を預けてくる。


 これはそりゃ……男なら手を出せると思う気がするんだけどな……。


「あー。お兄なら安心して甘えられるんだけどなぁ。彼女作らないの?」

「作らないというか……別に機会がないというか……」

「えーお兄と付き合えるなら幸せにしてくれそうでいいなーって思うのに。お兄がもうちょっとイケメンだったら」

「おい……」

「あはは!」


 こうやって予防線を張って来るからこそ理性が働き続けるというのもあるのだろう。

 何よりお互い親戚だ。何かあれば面倒なことはわかっているという部分もある。

 レモンティーに一口だけ口を付けたかと思うと、すぐにカップを置いて隣に座った俺の膝に頭を預けて来た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る